政府は、5月14日の経済財政諮問会議で、財政の健全化目標について議論した。
〈民間議員は国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を2025年度に黒字化するとの従来目標を「堅持すべきだ」と提言した。政府は6月にもまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に盛り込むが、その実現性には険しさが増す。/(略)PBは財政の健全性を示す指標の一つで、社会保障や公共事業といった政策経費をどのくらい税収でまかなうことができるかを示す。/日本の債務残高は、国内総生産(GDP)比で250%を超えており、世界でも突出する。赤字が続き必要施策に回せる財政上の余力が低下すれば、負担増・給付減の痛みに直結する。(略)/コロナ対応で日本と同じように大規模な財政出動に踏み切った米欧では法人税や富裕層の金融所得課税の引き上げに動こうとしている。日本も歳出・歳入両面から大胆に見直す必要があるが、その道のりは険しい〉(「日本経済新聞」電子版、5月15日)
コロナ対策で、財政支出は一層拡大する。ここで政治家や一部のエコノミストを惹きつけているのが、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授やバード大学のL・ランダル・レイ教授らが提唱する現代貨幣理論(MMT:Modern Monetary Theory)だ。MMTとパンデミック(コロナ禍)の関係について、定評あるマクロ経済学の入門書である本書が踏み込んだ考察を行っている。それは本書の代表執筆者である中谷巌氏(一橋大学名誉教授、株式会社不識庵代表取締役)の哲学と関係している。
中谷氏は、現実に起きている経済現象を解明することに理論経済学者も全力を尽くすべきであると考えている。これは、1981年の本書の初版刊行時から一貫した姿勢だ(初版は中谷氏の単著)。当時はインフレと不況が同時進行するスタグフレーションが深刻な問題だった。中谷氏は、「インフレ需要曲線」「インフレ供給曲線」という術語を用いて、インフレを含むマクロ経済モデルをわかりやすく説明した。
本書との出会い
私事で恐縮だが、評者は1984年に外交官試験を受けた。当時、同志社大学大学院神学研究科の2年生だった。神学部生のときには商学部のマルクス経済学の授業を受講したが、主流派経済学(近代経済学)の知識は皆無だった。当時の外務省専門職員試験の専門科目は、憲法、国際法、経済学の3科目が課されていた。憲法、国際法は独学でもそれほど苦労しなかったが、経済学に関しては、「近代経済学はイデオロギーに過ぎない。そこには体系的理論などない」というマルクス経済学の知識が禍し、勉強が順調に進まなかった。ミクロ経済学(価格理論)は、新開陽一他『近代経済学』をていねいに読み、演習問題を解けば、試験対策ができた。しかしマクロ経済学に関しては、インフレと景気の関係、スタグフレーション、雇用政策の有効性に対するマネタリストの見解など、教科書を精読するだけでは対応できない出題がなされていた。
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source : 文藝春秋 2021年7月号