2012年ロンドンオリンピックの開会式映像では、バッキンガム宮殿にジェームズ・ボンドが乗り込んで、本物のエリザベス女王をヘリでエスコートしていたなあ。最後は女王自らユニオンジャックのパラシュートで会場に降り立つトリッキーな演出付き。五輪の開会式にあんな風に国を挙げての祝福ムードが存在したなんて、今ではおとぎ話のよう。6代目ボンドのダニエル・クレイグもシリーズ引退を決意し、最終章となる新作タイトルは「NO TIME TO DIE」。〈死んでる暇もない〉はずなのに、公開はいつまでも決まらず、生殺し状態が続いている。
世界中の劇場も長らく閉ざされたが、映画祭も中止や縮小された。せめてもの幸運は、オンラインのテクノロジーが追いついていたということだ。遠方の人でも、チケット代を払えば自宅で最新の良作を観たり、シンポジウムに参加できるようになった。カリフォルニア州で小学生の息子を2人育てる私の友人も、彼らが寝た後にイリノイ州のシカゴ映画祭での上映を観てくれた。これはコロナがもたらした革新だ。赤ん坊がいても、闘病中でも、砂漠の真ん中に暮らしていても、今後は各地の映画祭を覗きに行ける。
小・中規模の映画祭では、上映後に登壇し、お客さんとの質疑応答がある。去年からはこれもオンライン上で行われ、チャットで寄せられた質問に私が自宅の書斎から答えるという機会も経験した。
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source : 文藝春秋 2021年8月号