テレビCMの仕事で、子供の中学受験を撮ることになった。企画したのはクライアント企業の男性で、2人のお子さんが都内の有名進学校を受験したそうだ。
「僕の周辺の親には三つのタイプがいます。一つは自身も高学歴で、将来良い人生を送るために中学受験は不可欠、と信じている部類。二つ目は、子供は好きなことを見つけて生きていくべきで、やりたいことを優先させたい、というタイプ。もう一つは、学歴が全てではないが、好きなことで我が子が成功するかは不安。受験させるべきか、でも遊びの時間を奪ってまで促すことなのか、と葛藤する部類。僕はこのタイプで、高学歴の妻との間にずいぶん隔たりを感じてしまいました」
東京の真ん中の小学校では、クラスの3分の2近くが受験するそうだ。
「友達の成績の上下動も一目瞭然ですし、ネット上で志望校の誹謗中傷も飛び交ったり、親もそれなりに病みますよ」
「でもそう言いながら興奮してもいるわけでしょう。子供が競走馬みたいに思えてきてるんじゃないですか?」
人の親になったことのない私は、こういう時に意地の悪い言葉を吐く。しかし私にも中学受験の経験があるのだ。幼稚園の頃、従姉が通っていた山の上の私立校の学園祭に遊びに行ったら、お化け屋敷で脚を冷たいこんにゃくで掴まれ、心も一緒に掴まれた。加えて昔から一つの共同体に長く居着けない性分で、高学年になる頃には住む町から出たくなっていた。
しかし親に頼んで進学塾に通わせてもらうと、自分の実力は県下では「中の下~中の中」だということがわかった。同じ小学校から「ゆきちゃん」という地元の名士の一人娘が通っていたが、小柄で色白で腺病質で、「深窓の令嬢」を絵に描いたような彼女は、学校では目立つところもなかったのに、模試の成績はしょっぱなから「上の中」に位置していた。
ゆきちゃんは母親の母校だという市街地の名門女子中学を志望していた。
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source : 文藝春秋 2021年9月号