『房思琪(ファンスーチー)の初恋の楽園』は他の方が推薦本として挙げているのを見て、読んでみたが、記憶に傷がつくほどの衝撃を受けた。学校の教師からかなり悪辣なやり方で手を出されている少女が、錯乱する時点から話が始まり、過去を語りながら悲しみを遡っていく構成だった。同情心を盛り込んで描けばここまで辛くないと思う場面を、極限まで突き放して嘲笑するレベルまで持って行ったからこそ、読んでる方も身を切るほど悲しい。
きつい、と同時に美しい。読んでるだけで情緒がバリバリに砕け散る描写が数々出てくる反面、嫌になるほど叙情的で、詩的表現がキラキラ輝いていた。ひとかけらの恋情の方が強姦という行為よりもよっぽど残酷で、心の無い非情な会話よりも、そんな言葉のどこかに必死で温もりを見出そうとするけなげさの方がやるせなかった。普通だと虐待の場面などは限界が来て読めなくなるけど、汚泥のなかでも確かに在る芸術の光が、先へ先へと誘う。著者が自分を傷つけてまで書いてるのが、読んでいる側にも伝わってくる。
どこの国のどんな階級の人たちの問題というより、人と人とが交差する場所ではなぜか起きてしまう、弱い者にこそ強大な力で圧し掛かる歪みを描いているなと感じた。全部読んだあとに表題を噛みしめると、本当に恐い。
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source : 文藝春秋 2021年8月号