文藝春秋D2Cカンファレンス「『Direct to Consumer』~顧客一人一人とブランドがつながる時代の最適な関係、価値提案、購買体験の新定義~」が6月30日(水)、オンラインで開催された。
コロナ禍でリアル店舗の売り上げが減少する中、メーカーは消費者に直接販売するD2C(Direct to Consumer)への関心を高めている。このカンファレンスでは、D2CのカギといえるDX(デジタル変革)やブランディング、EC(インターネット通販)、顧客理解や顧客体験に関する知見や最新の取り組みが語られた。
基調講演
「世界標準の経営理論からみたDXの可能性」
早稲田大学大学院経営管理研究科
早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄氏
基調講演には、ベストセラー「世界標準の経営理論」の著者、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏が登壇。D2Cとも関わるデジタル変革(DX)について「デジタルは目的ではなく手段。まず、未来に向かって何をしたいのか、目的を明確にすることが大前提だ」と強調した。
企業で変革が進まない原因の多くは、経路依存性に帰する。複数の仕組みが、かみ合って回っている組織では、全体を見直さす、一部分だけ変えようとしてもうまくいかない。これはDXやD2Cにも当てはまる。そこではデジタル担当役員が、変化を拒む別部門を兼任することも有効とした。
今後のデジタル競争は、イノベーションの舞台がIoT(モノのインターネット)に移り、モノ自体の品質も問われる。モノづくりに強みを持つ日本企業にはチャンスがあるので「デジタルの遅れを取り戻すべき」と語る。
DXは、新規の事業・価値を生み出す手段になると同時に、イノベーションを実現する「両利きの経営」の手段になる。イノベーションには、見知らぬ知を探索して既存の知と組み合わせる「知の探索」と、既存の知同士の組み合わせを磨き上げる「知の深化」をバランス良く行う「両利きの経営」が必要だ。しかし、企業は確実性の高い「知の深化」に偏りがちになる。入山氏は「人のリソースを知の探索に振り向けられるようにするには、AIなどのデジタルに知の深化を任せるDXが重要な手段になる」と主張する。
DX推進のポイントとして、課題は会社ごとに異なるので他社のまねはできないと理解する。事業も分かるデジタル人材を確保する。失敗が許容される安価なクラウドサービスを使う。経営者はデジタルの重要性を理解し、現場に権限委譲して迅速な意思決定を促す――を挙げた入山氏は最後に、DXの目的を明確にすべきという冒頭の大前提に戻り「変化の激しい時代には、正確な分析より、組織全体の目的への納得が求められる。目的が腹落ちしていれば、失敗にくじけずにDXを継続して進められる」と訴えた。
テーマ講演①
「顧客エンゲージメントを高めるコマースプラットフォームの秘訣」
セールスフォース・ドットコム
Commerce Cloud プリンシパル・ビジネスコンサルタント
國村 太亮氏
コロナ下で消費者のECに対するニーズは高まり、これまでECになじまいとされてきた自動車、保険など、高価な商品・サービスでも、バーチャル接客などを取り入れ、ECに取り組む動きが広がっている。セールスフォース・ドットコムのECプラットフォーム、Commerce Cloud(コマースクラウド)を担当する國村太亮氏は「コンテキスト型コマース」をキーワードにECの最新トレンドを紹介した。
コンテキスト型コマースはECにデジタル体験を組み込むことで、顧客エンゲージメントを高め、売上アップを目指す。中国の主要マーケットプレイスではサイト内で簡易ゲームを提供。ゲームをクリアすると買い物に使えるポイント付与することでリピート客を獲得する動きが盛んだ。米国では、顧客体験を高めるAR(複合現実)/VR(仮想現実)への投資が活発。VR利用は「今後、世界で標準的な取り組みになるだろう」と國村氏は話す。
これ以外にも、メイクアップアーティストが商品の魅力をプレゼンするライブコマースのコンテンツを充実させたオーストラリアのコスメECサイト。健康や散歩など、商品と直接関係ないテーマも含めて読み物を充実させている日本のヘルスケア会社のサイトの取り組みを紹介した。
こうしたコンテキスト型コマースの推進には、組み込まれる多様なコンテンツにECプラットフォームが柔軟に対応できることが重要だ。セールスフォースのコマースクラウドは、APIを介して多様なソリューションをつなげることが可能になっている。また、カスタマイズせずに標準機能を使えば、非常に短期間での実装も可能。コロナ禍でもウインドウショッピングを擬似的に体験してもらおうと、南米のバイクディーラーは、VR技術を使ったバーチャル店舗をわずか2週間で立ち上げた。購買率を上げて前年比約2倍に売上を伸ばしたコマースクラウドのユーザー事例を紹介した國村氏は「業種、規模を問わず導入企業のEC売上に貢献したい」と語った。
特別講演①
「令和時代のブランディングと応援経済」
株式会社arca CEO / Creative Director
辻 愛沙子氏
若い女性らから支持される世界観と、社会性のあるメッセージを軸に、広告、商品、イベントなどをプロデュースする「クリエイティブ・アクティビスト」として活動する、arca(アルカ)の辻愛沙子氏は「ブランドは、世界観とパーパスの2つの要素が重要」と述べ、手掛けてきた事例を紹介した。
世界観は、ビジュアルで感じるブランドのアイデンティティ。化粧品や菓子の広告のビジュアルを例に「ブランドを人と仮定するとアイデンティティがわかりやすくなる。何を買い、どんな生活をしているか、をイメージした画像を集めてムードボード(集めた関連素材をコラージュしたもの)を作り、表現を考えている」と説明。D2C領域では、マスに広がる世界観だけでなく、どこかに特化したニッチな世界観も増えてきていると指摘した。
もう1つの要素、パーパスは、社会課題にも関わる事業目的や、ブランドとして提供する社会的な価値、メッセージを指す。シャンプー・カラー剤メーカーの広告では商品訴求だけに縛られず、「女子力」という言葉に潜む画一的な価値観が、女性の自己表現を抑圧していると提起して、多様性のある女子力を訴えた。ただし、パーパスは、ブランドが蓄積してきたアイデンティティや、現在の社会の潮流と合致しないと、表面的な取り組みになってしまい、批判にさらされるリスクもあると注意を促した。
投票日に投票済証明書の提示で割引するというタピオカドリンク店のキャンペーンは、店のポップな世界観、「選挙に無関心な若い女性」というステレオタイプに異議を唱えるキャンペーンというきっかけに加えて、撮影場所を設けるなど投稿しやすい仕掛けを整えることで、SNSで拡散、話題になった。
「世界観にときめき、パーパスに共感した生活者とブランドが連帯することでUGC(一般ユーザーによって作られたコンテンツ)も発信され、応援経済につながる。そこでは『社会性×クリエイティビティ』が大事だと思う」と語った。
テーマ講演②
「新たな需要を生みだすビジネスモデルをサポートする 『Amazon Pay』~決済にとどまらない導入効果とは~」
アマゾンジャパン合同会社
Amazon Pay 事業本部本部長
井野川 拓也氏
D2Cは、世界観の作り込み、ファンの獲得とともに、買いやすさが重要なカギとなる。アマゾンジャパンの井野川拓也氏は「Amazonが提供する決済サービス『Amazon Pay』(アマゾンペイ)を使えば、自社サイトを訪れてくれた顧客に、簡単で安心・安全なオンライン決済を提供できる」と述べた。
自社ECサイトでも、お客様がサイトに埋め込まれたAmazon Payのボタンをクリックして、AmazonのID、パスワードでログインすれば、Amazonアカウントに登録されている、届け先住所、氏名、クレジットカード情報などを使い、入力の手間を省いて決済することができる。
また、Amazonでの買い物と同様に、購入商品の状態や配送についてAmazonの「マーケットプレイス保証」が適用されるので、トラブルがあっても返金などの対応が保証されていることが顧客の安心につながる。(一部対象外の商品もある)
事業者側のメリットは、決済のしやすさによる購買率の改善だけにとどまらない。決済確認画面に表示される、自社ECサイトの会員登録やメルマガ登録の意思表示欄のチェックを、顧客がわざわざ外すことがなければ、Amazonが持つ登録情報、メールアドレスを使って登録が自動で行われる。この仕組みにより、新規会員を獲得しやすくなるので、その後のマーケティング活動につながる。また、Amazonと同じ、最新セキュリティ情報を使った対策も施されているので、不正取引のリスクも抑えられる。
利用頻度の高いAmazonで更新される、クレジットカードなどの情報は、Amazon Payにも反映されるので、クレジットカードの期限切れによるサブスクリプション・定期購入契約の破棄も起きにくい。コンビニエンスストアで買えるAmazonギフトカードも利用でき、クレジットカードを保有していない人や、ネットショッピングにクレジットカードを使うことにセキュリティのリスクを感じる人らに対応できるのも強みだ。主なショッピングカートプロバイダーと提携しているAmazon Payは導入も容易だ。井野川氏は「日本では10万以上のECサイトで利用されている」とアピールした。
テーマ講演③
「コンタクトセンターのブランドエンゲージメント戦略」
~顧客を理解したコミュニケーションデザイン~
株式会社KDDIエボルバ企画本部コンサルティング部部長
田村 敏紀氏
「D2Cは、小売を介さずに企業と顧客が直接つながって顧客を理解し、商品サービスを通じて体験や課題解決を提供する。それにはエンドユーザーと直接コミュニケーションする私たちのノウハウが役立つ」と、コンタクトセンターなどのアウトソーサー、KDDIエボルバの田村敏紀氏は語る。
同社の調査によると、消費者の9割以上が購入前に商品サービスの情報を調べている。情報源の上位はECモール、公式ウェブサイトで、購入前エンゲージメントの獲得はデジタルがカギだ。しかし、求める情報にたどり着いた人は3割弱にとどまり、販売機会ロスにつながっているとして、田村氏は、音声ガイダンスを視覚的に表示する「ビジュアルIVR」による問い合わせの導線整備、AIが回答できない場合に人が介入するチャットサポートなどを提案。エフォートレスな(手間をかけさせない)サポートの拡充を訴えた。
リピート購入に影響するアフターサポートは、従来、受動的・画一的な対応だったが、顧客データを分析できる今は、顧客の嗜好に応じて能動的でパーソナライズな対応が求められる。顧客データの中でも、属性や行動履歴に比べて活用が難しいVOC(顧客の声)の音声データについては、活用のために解決が必要な技術的課題が残っていると説明。代替案の一つとしてコンタクトセンターのオペレーターが応対記録を入力するCRM(顧客管理)システムにVOC欄を設けることも有効と述べた。また、アップセルやリテンションに繋げる効果的なオペレーター対応を実現するため、オペレーター支援システムと顧客情報をつなぎ、個々の顧客に合わせたトークスクリプトを表示するソリューションなども紹介した。
公式ツイッターアカウントに、対応が必要なツイートが投稿された場合、オペレーターがリプライするアクティブサポートのサービスは、応対フローやガイドラインを定め、オペレータを教育することで、安心して任せてもらえるようにしている。「自社のリソースをコア業務に集中させるためにもアウトソーシングサービスの活用を検討していただきたい」促した。
特別講演②
「サーキュラーエコノミー時代の価値提案」~ポストSDGs×DX~
メディアアーチスト 落合陽一氏
いつでも、どこでもコンピューターが使える状態のユビキタスコンピューティングの先に構築される新しい自然社会、「デジタルネイチャー(計算機自然)」を提唱し、筑波大学のデジタルネイチャー開発研究センターを主宰するほか、先端技術の社会実装を目指すベンチャー企業代表、大阪関西万博のテーマ事業プロデューサーと、多彩な活躍をしている落合陽一氏は、サーキュラー・エコノミー(循環型経済)、DX(デジタル変革)、ポストコロナがもたらす「価値観の変化を、新しいビジネスにつなげていくことが大切」と語った。
例えば、落合氏近著で伝えているようなSDGsの枠組みをどうやって日本の文化として捉え直していくのかというテーマが語られた。言うような具体例として茅葺屋根で熟成される100年ものの煤竹の価値や日本での1920年代の民藝運動に着目し、地産地消でデジタル技術を活かしたサービスを展開していくこと、その上で限界費用の低いデジタル技術を用いたアジャイルな開発スタイルが求められることなどを言及した。
1970年代の持続可能性に関する議論を復習することで、当時未だ存在することのなかったデジタルツールの可能性が再発見できることやコミュニティを維持するための祝祭性の重要性を含め、現代に求められる示唆をテクノロジーと文化的背景の両面から語り、1960年代のオリンピックから万博までのムーブメントにより構成されたハード的側面以上に、2020年代はソフト的側面の拡充と多様化が一つの鍵になると締めくくった。
2021年6月30日文藝春秋にて開催 撮影/末永 裕樹
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。
source : 文藝春秋 メディア事業局