新聞エンマ帖

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★記者の原点を思い出せ

 歴史的な偉業に対する歴史的に無惨な記者会見だった。少なくとも、絶好機に溜息しか出ない空振り三振である。

 今季のアメリカン・リーグの最優秀選手(MVP)に輝いた大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手に対し、日本記者クラブが発表直前の11月15日に開いた会見だ。筆者も生中継で1時間きっちり見たが、これが米国に流れたらほとんど国辱ものだと思わず赤面した。

 のっけから司会役の企画委員が持論を延々と語り、「気持ちが折れそうだったことは? 今だから語れる話を」とあからさまにネタを欲しがる。「質問が長かったので何から答えたら良いか。……焦りはなかったですね。今だから話せる話はちょっとないですね」と早くも大谷選手に戸惑いの表情が浮かぶ。

 果たして北海道文化放送は地元・日本ハムの栗山英樹監督の辞任にコメントを求め、岩手日報は地元にある大谷選手の母校・花巻東高の監督へのメッセージを頼む。中国新聞も、大リーグに挑戦する地元・広島カープの鈴木誠也選手が通用するか否かを予測させようとする。

 まだ続く。読売は難病に苦しんだ同じ翔平の名前を持つ少年とのエピソードを持ち出し、エヌピー通信は大谷選手が米国で「高額納税者」だとし、日本の税制を語らせようとする。司会役までが、会員から届いたというメールを紹介する形で(どの社かは説明はない)「家庭を持つタイミングは?」と結婚話をねだる。

 フジテレビはわざわざワイドショーの番組名まで挙げて「日本からの応援の声はどのくらい伝わっていましたか?」と水を向けたものの、「日本のテレビは、ほとんど見ていなかったので……」との答えを前にあえなく凡退した。

 打撃フォームの改造など技術面の質問もあるにはあったが、なぜ、目の前にいる本人の話を聞き出そうともせず他人に対するコメントを欲するか。結局は、自分たちの紙面や番組に使いやすい言葉を引き出したいだけなのだろう。

 そんなことだから、MVP受賞を伝える各紙の20日朝刊の歴史的紙面もこぞって「日本選手として2001年のイチロー選手以来となる快挙」(日経)といった島国根性丸出しの内向き思考に染まってしまうのだ。普段、新聞はあれほどナショナリズムを忌避しているくせに。

 日米を問わず大谷選手が野球ファンを魅了したのは何より「打つ、投げる、走る」という原点を思い出させてくれた点にこそある。それなら記者の原点は「問う、聞く、書く」ではないか。その基本プレーがなっていないのだから、読者を魅了出来るはずがなかった。

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大谷選手

★新聞も「清算」が必要だ

 勝負は時の運であり、だからこそ肝要なのは「得意淡然、失意泰然」の態度だというが、それなら衆院選後の政治報道は「失意呆然」ないしは「失意豹変」とでも評するほかない。

 自分たちの予想に反して与党が絶対安定多数を確保し、第二次岸田文雄政権の発足となったのだから、ぐうの音も出ないのかもしれない。それでも翌11月11日朝刊のご都合主義には恐れいる。

 産経が「外交安保もスピード感で」との「主張」を載せ、「岸田氏、改憲へ本格政権目指す」と解説記事で謳ったのは保守紙としては仕方なかろう。だが、毎日の「自立と実行力が問われる」とした社説の腰の据わらなさはどうだろう。

 結局は「第2次安倍晋三政権以降の9年間」の強引な政策決定や国会運営を今更のように指弾し、首相がハト派の伝統を持つ「宏池会」の流れを汲む一点に期待して「丁寧で寛容な政治」を実現するよう「有言実行」を求めるばかりだ。

 だいいち、毎日など多くの新聞は衆院選の争点に安倍・菅体制の「清算」を掲げたはずだ。有権者の審判が与党勝利に終わった以上、自分たちの争点化や訴えが適切だったか否か、新聞の「清算」が必要ではないか。それを問おうともせず首相に「問われる」と責任を負わせるだけなら、無責任と映るばかりだろう。

 与党の勝利を事前の情勢調査で冷静に予測した朝日も、ご都合主義では同罪である。11日の社説も「安倍・菅政治の反省に立った公平・公正な政権運営を通して、負託に応える政策の実現に努めねばならない」としただけで、政権批判の熱もない素通り感が際立つ。

 一方で立憲民主党に対しては冷酷極まりなく、朝日は早々と2日の社説で「出処進退は潔く自ら決断すべきだ」と枝野幸男代表を見切った。政権への辛口寸評で鳴る夕刊の「素粒子」も13日、「立憲の代表選は30日投票。お茶の間の話題になるかな」と突き放した。さすがに野党の人々も今後はもう少し、「雨天の友」は選んだ方が良いのではないか。

 さらに、朝日のウェブ版「論座」では元編集委員の星浩氏が6日、「『新自由主義からの決別』や『自民党改革の断行』などを明言して独自色を発揮するなど『意外にしたたかな顔』も見せ始めている」と首相を持ち上げ、「地味でも静かな議論を進める岸田流がじわりと発揮されれば、『1強』に代わる新しい政治へと歯車が動くかもしれない」と書く。

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source : 文藝春秋 2022年1月号

genre : ニュース メディア