川内有緒「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」

文春BOOK倶楽部

角幡 唯介 ノンフィクション作家・探検家
エンタメ 読書

わからないことを認めて楽しむ

 以前、太陽の昇らない冬の北極を彷徨い歩いたとき、目の見えない人の世界に想像をめぐらせたことがある。闇の世界で私は、普段なら絶対に意識しない足裏の皮膚感覚をたよりに方向をさぐった。足裏的に負荷がかかっているから今は登りだ……といった感じだ。しかし極夜は月や星の光があり、長いけれども普通の夜、完全な闇ではない。視覚ばかりか視覚の記憶すらない人の世界像は想像することさえ不可能だった。

 友人の誘いをきっかけにはじまる目の見えない白鳥建二さんとのアートめぐりは、読んでいるこちらまで心がウキウキする面白い本だ。視覚のある人は視覚のない人の世界が想像できない。だから一体どのようにアテンドしたらいいのかおたおたして、巨匠が描いた名画を前に、ここは南フランスだとか、この女性の顔が怖いとか、そんな説明では巨匠も泣くわ、といったたどたどしい言葉しか出てこない。でも白鳥さんはそんなやりとりが面白いという。そして読者にとってもアテンド側の漫才のようなかけあいが読み応えがある。

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source : 文藝春秋 2022年4月号

genre : エンタメ 読書