菅の権勢低下と茂木の失態……首相の「ツキ」はどこまで続くのか?
「岸田さんは相変わらず発信力が弱い」
「岸田政権をあらゆる場面、あらゆる場所でお支えする。どうか岸田総理、ご安心頂きたい」
5月17日午後6時、東京・芝公園の東京プリンスホテルで開かれた自民党安倍派の政治資金パーティー。元首相の安倍晋三は舞台右脇に座る首相の岸田文雄を前に熱弁を振るった。
参加者2800人。大宴会場「鳳凰の間」をはじめホテル内11会場を中継映像でつなぎ最大派閥としての威勢を誇示するかのようなムードの中、安倍の挨拶は防衛力強化や憲法改正の実現など政府に対して次々と注文を付ける内容だったが、その中で真っ先に言及したのは経済政策だった。
「欧米では経済社会活動の制限が大幅に緩和され始めている。日本でも大きく緩和していく状況を作っていくために、我々も全力を尽くしたい」
タカ派の安倍とハト派の岸田。マスコミ報道では外交や安全保障に関する齟齬が注目されるが、実は2人の路線に差異はそれほどない。安倍政権で5年近くも外相を務めた岸田に、安倍は「岸田さんは、外交は分かっているからね」と信頼を示すほどだ。
しかし、経済政策となると話は違う。岸田政権下でアベノミクスが否定されることに、強い警戒感を示す。「“成長と分配の好循環”と言うが、順番を間違えてはいけない」。安倍がパーティーでこう釘を刺したのも、岸田派(宏池会)は伝統的に財政規律を重視する財務官僚出身者が主流で、岸田側近の官房副長官の木原誠二や首相補佐官の村井英樹ら財務省OBが首相を取り囲む状況を憂慮しているからだ。
こうした中、来年4月に任期満了を迎える日銀総裁の黒田東彦の後継人事に、政府与党関係者の関心は向かう。アベノミクスの継続か否定かが、そこに象徴的にあらわれるためだ。
第2次安倍政権発足直後の2013年3月に総裁となった黒田の在任期間は2期10年に及ぶ。異例の長期登板は、安倍と全面的に平仄を合わせてアベノミクスを推進してきた経緯を抜きに説明がつかない。
慣例では財務官僚出身の黒田の次は日銀プロパーの登用となる。その最有力候補は長年「日銀のプリンス」と言われてきた副総裁の雨宮正佳だ。
雨宮はこの10年、節を屈して非伝統的な金融緩和策をひねり出し、黒田を支えてきたと言われる。一方で、日銀の保守本流の雨宮が総裁に就けば「アベノミクスを終わらせて金融政策の正常化を目指す」とのメッセージになるとの見方が出る。
「人事は首相が決めることだが、『雨宮総裁』では間違ったメッセージを発信することになる」。安倍は最近、親しい永田町関係者にこう漏らし、雨宮の総裁就任に難色を示している。
安倍の懸念は、岸田が昨年の総裁選で公約の柱として打ち出した「新しい資本主義」にも向かう。岸田は5月の英国訪問中、「Invest in Kishida(岸田に投資を)」と呼びかけた。安倍の「Buy my Abenomics(アベノミクスは『買い』だ)」に倣ったものだ。だが、反響はほとんどない。「東証一部(当時)の時価総額を就任4カ月で約100兆円も下落させた岸田がよく言うわ」など市場関係者の嘲笑がネットに溢れた。
「岸田さんは相変わらず発信力が弱い。とくに経済政策は心配だ」。安倍は周辺に危惧の念を示す。安倍派幹部は「参院選後には『新しい資本主義』の具体的中身が打ち出されることが予想され、コロナ対策で悪化した財政再建のため増税の動きも出てくる。そこに日銀総裁人事が加わる。岸田―安倍関係の火種になりかねない」と語る。
「菅の異変」という僥倖
ただ、岸田内閣の支持率は極めて安定している。マスコミ各社の5月の世論調査では、政権発足後最高を記録する結果が相次ぐ。支持率は政局という瓶の蓋である。高ければ蓋は開かず、政権運営は安定する。
そうした中、永田町にざわめきが広がった。反岸田の旗頭である前首相の菅義偉が一時、軽い脳梗塞で入院したようだとの情報が流れたのだ。
4月25日正午、永田町のザ・キャピトルホテル東急の宴会場では、二階派の衆院議員・長島昭久のセミナーが開かれていた。民主党政権で首相補佐官も務めた長島を自民党に引き入れたのは菅―二階俊博ライン。この日のメイン講師である菅は新型コロナのワクチン接種で1日100万人超のペースを実現したことや東京五輪を開催にこぎつけたことなど、いつもの自慢話を始めた。
ところが、スピーチの途中で突然、言葉が出なくなり、沈黙が流れる場面が2回起きた。結局、菅は予定時間を早めて降壇し、早々に会場を後にした。
この時の菅の様子について出席者たちは口々に「明らかに体調が悪そうで青白い顔をしていた」と語る。
翌々日の27日には、安倍と共に韓国の新政権発足に伴う代表団との面会予定が入っていたが、直前にキャンセル。菅がその後「腹を壊してしまった」と取って付けたように弁明したことで、かえって重病説が広がった。
菅は大型連休が明けると出身地の秋田で講演を行ったり、盟友である創価学会副会長の佐藤浩の要請で、夏の参院選で公明党の苦戦が予想される兵庫選挙区に前総務相で二階派事務総長の武田良太と連れ立って入ったりするなどの動きを見せた。ただちに政治活動への支障はないように見える。
だが、自民党内では「再発の恐れがある病気なので無理できない」との見方が広がる。ウクライナ侵攻などを理由に参院選後に延期した「菅勉強会」も、発足を危ぶむ観測さえ流れる。
菅の異変を見た岸田派関係者は「やはり首相にはツキがある」と思わず漏らす。参院選で自民党が勝てば、岸田は次の参院選と衆院選の任期満了が重なる25年まで国政選挙を行う必要がない「黄金の三年間」を手に入れる。
この3年という時間が、菅勉強会に再起を託す「反岸田」の面々に重くのしかかる。既に80代の二階は言うに及ばず、3年後には菅も森山派会長の森山裕も80歳近い後期高齢者となるからだ。
カット・所ゆきよし
茂木の「ポスト岸田」に暗雲
現在の主流派で「ポスト岸田」の最有力候補である幹事長の茂木敏充の評判が、幹事長就任以来悪化していることも、岸田の立場を強くしている。
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source : 文藝春秋 2022年7月号