今年の祇園祭では、新型コロナの影響で昨年まで中止していた山鉾巡行が、3年ぶりに実施されることになりました。金や赤で彩られた山鉾が「コンチキチン」とお囃子を響かせながら、大通りを煌びやかに巡行する――。そんな例年通りの光景が、京都の夏に戻ってきます。
全部で34基ある山鉾は、それぞれ別の保存会によって運営されています。祇園祭山鉾連合会は、山鉾巡行の主催者として、行政や警察、各山鉾保存会などとの調整を重ねてきました。今回、そうした関係各所の総意として実施を発表できたことには、感慨深いものがありました。
祇園祭は京都・祇園にある八坂神社の祭礼で、開催の起源は平安時代にまで遡ります。その昔から、お祭りの本意は疫病退散にありました。
実は、山鉾巡行は疫病をもたらす疫神を集めるための仕掛けです。前祭(7月17日)の午前中、巡行を見物しに大勢の人々が集まると、その賑やかな雰囲気につられて悪い神様も寄ってくる。山鉾に設置された松や長い棒状の真木は、その疫神を入れる「依り代」。巡行後にこれを処分して疫神を追い払うことで、八坂神社の神輿に良い神様を乗せ、御旅所と呼ばれる場所にお連れできるのです。
ところが、2020年に入って新型コロナが猛威を振るい始めると、国内の大規模なイベントは次々と中止に。夏の東京オリンピックも延期が決定しました。そうした厳しい状況のなか、祇園祭だけ普段通りに行うことはやはり難しかった。断腸の思いでしたが、山鉾巡行は中止せざるを得ませんでした。
当時は「疫病退散のお祭りなのにコロナに負けてもいいのか」といった風潮もありました。ただ、祇園祭は人々に喜んでもらうためのお祭りですから、やっている側の自己満足では意味がありません。山鉾巡行の代わりに、各保存会の代表者だけが依り代となる榊を持って遥拝するお清めの神事を行いました。
中止が決まった当時、私が最も心配していたのは山鉾の保存に関することでした。祇園祭の山鉾行事は、国の重要有形民俗文化財やユネスコの無形文化遺産に登録されています。山鉾の飾りは懸装品といって、貴重な絵画や絨毯が豪華に使われている。こうした文化財を管理している私たちには、それを次世代へと受け継ぐ責任があります。巡行が中止になったからといって、山鉾を放ったらかしにするわけにはいかないのです。私は各保存会に対して「点検や修理も大切な行事。それだけは忘れないでほしい」と伝えていました。
翌21年、緊急事態宣言が明けていた年初の時点では「今年こそ」という期待もありましたが、1月半ばには再び感染状況が悪化し、この年も巡行を断念。一昨年に続いて、さらに1年の空白期間が生まれるとなると、別の深刻な懸念も出てきました。
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source : 文藝春秋 2022年8月号