文藝春秋は6月24日(金)、「『成長と承継』~貫く「信念」と、変化を恐れない経営、 親族承継への想い~」をテーマに経営者フォーラムを開催した。
本フォーラムの特別講演では、1645年(正保2年)の創業より377年の歴史を数える、ヤマサ醤油株式会社 代表取締役会長 濱口 道雄氏を迎え、「先代からのバトンを後継者へとつなぐ ─ 親族承継への想い」について話をじっくり聞いた。
また、基調講演ではM&Aキャピタルパートナーズ株式会社 代表取締役社長 中村 悟氏から、事業拡大・事業承継のための「正しいM&A」についての事例なども交えた講演があった。
■特別講演
先代からのバトンを後継者へとつなぐ ‐ 親族承継への想い
~ 受け継がれるヤマサのDNA ~
ヤマサ醤油株式会社
代表取締役会長
濱口 道雄氏
インタビュアー
キャスター
榎戸 教子氏
冒頭、ヤマサ醤油の濱口氏から自身と同社の紹介があった。11代目社長の長子として生まれ、1983年に40歳で12代目の社長に就任。幼少時から事業を継ぐ覚悟、使命感はあったものの、親が気を遣ってくれたのか、特段の重圧は感じていなかったという。以下、濱口氏の発言の要旨。
初代は紀州有田郡広村(現・和歌山県広川町)出身で、房総半島の銚子に移住した。房総半島には多くの紀州人が移住して、漁業と、「干し鰯(ほしか)」を作り、肥料として関東の農家に供給する仕事をした。紀州は昔から醤油の産地として知られる。初代は銚子に移住した同郷の紀州人から醤油の作り方を習って醤油屋になったのではないかと想像している。
高祖父にあたる7代目の濱口梧陵は初代の和歌山県議会議長も務め、慈善事業や公共事業、医療にも強い関心を持ち、篤志家として活躍した。江戸のお玉ヶ池にあった種痘所(後の西洋医学所~東大医学部)が火事で焼失した際は再建のために多額の寄付をしたり、江戸でコレラが流行した際は地元の銚子に伝播しないように、銚子の医者を江戸に派遣して予防法や治療法を勉強させたという。
ヤマサ醤油(以下ヤマサ)は近年のコロナ禍において、医療・化成品事業部が開発したmRNAワクチンの重要な部材である「シュードウリジン」を製造し、海外メーカーに供給した。ワクチン製造において重要な役割を果たすことができた。シュードウリジンを大量に安定供給できるのは世界で数社しかなく、そのうちのひとつが弊社。伝統的な醤油メーカーがワクチン供給、医療で世の中に貢献できたのは7代目梧陵から続くヤマサのDNAだろう。
祖父である10代目の梧洞は英国で醸造の勉強をし、大正時代に「醤油王」と呼ばれるほど事業を発展させた。また、1901年に「醤油研究所」も設立。この研究所に於いてヤマサは後に、旨味(化学)調味料であるイノシン酸(カツオ節の旨味)やグアニル酸(シイタケの旨味)の工業的な製法を確立した。会社や事業は安定させると同時に成長させなければならない。果敢な挑戦が必要。日本醤油協会登録社は現在約1200社あるが、旨味調味料の開発を経てその研究を活かし医薬の世界に本格的にチャレンジしているのはヤマサだけだ。
(ヤマサ醤油の長く愛される商品)
創業から現在に至るまで多様な事業に挑戦し、さまざまな新製品を生み出してきた。自分が手掛けた「そうめん専科」のようなヒットもあれば、もちろん数々の失敗もある。ただ、ヤマサを変わることなく支えてきたのは醤油事業。安定基盤である醤油事業あってこそ、現在の売上げでは醤油を大きく上回るポン酢やタレなどの醤油加工調味料や、医薬品のビジネスを発展・強化することができると考えている。
「老舗は変化を恐れない」という言葉が好きだ。企業を永続させるためには挑戦し変化し続けなければならない。老舗といえども時代の厳しい波が押し寄せることに変わりはない、その波を乗り越えられた企業、変化に対応して自分たちの事業を変化させることができた企業だけが今も生き残っている。変化できることは、必要・必須の条件だ。
2017年に甥にあたる石橋直幸に社長のバトンを渡した。典型的な親族内継承だが、都市銀行に5年勤めた後入社してさまざまな部署で働き、勉強をした。一般の社員以上に業務遂行能力の向上を期待しながら接してきた。むやみに突っ走る人ではなく、危なかっしくて見ていられないというような場面もなかった。社内でも衆目の見る限り力量の上からも品性の上からも後継者にふさわしいと認められたと判断して、後継に指名した。
ちなみに当社に現在在籍する同族は、自分と社長の二人だけ。ヤマサでは以前からの慣習で、会社が受け入れるのはファミリーの当主本人とその子供と当主の兄弟まで、と決まっている。また当然のことながら、ガバナンス的にも社長一人で、あるいは同族関係者だけで重要事項を決定することはできない。社内の関係者による事前討議をしてから最終的には取締役会における審議の上で重要事項を決定する、という透明性のあるプロセスを徹底している。
もし親族経営・同族経営をしているなら、一族の方々の関係が円満であるように、波風が立たないように気配りをするとよいのではないか。ファミリー企業の経営には参加していなくても同族が株主である場合も多いだろう。上場会社でも少数株主の利益を無視できない時代。まして未公開のファミリー企業となるとなおさらだ。世代が変わると、経営に参加している人も参加していない株主も、お互いの関係性が希薄になっていくが、ファミリー企業を永続させようと思うなら、そのファミリーの関係が円満でないと会社が迷惑する。ファミリーの中でトラブルが起きると肝心の経営がお留守になりかねない。企業永続のためには、ファミリーが円満であることが大切。自分は円満な関係構築がうまく出来ているとは言わないが、ガバナンスの上でそれは大切なことだと思う。
■基調講演
事業拡大・事業承継のための「正しいM&A」
M&Aキャピタルパートナーズ株式会社
代表取締役社長
中村 悟氏
中村氏は、積水ハウスを経て2005年に起業、創業期の2度の倒産の危機を乗り越え13年に東証マザーズに上場し、14年には東証一部(いずれも当時)上場を果たした。昨年のM&AキャピタルパートナーズのM&A仲介実績は994件。創業以来、同社が掲げてきた想いは「お客さまの決心に、真心でこたえる」。
国内企業が関わる21年度のM&A総件数は4280件と過去最高を記録した。業界の変化や後継者不在、社長の高齢化などの問題により譲渡企業が増え、その一方で“成長のために時間を買って”新規事業の取得や規模拡大を追求する買い手起業も増加している。事業承継M&Aは事業の存続と成長の有効な手段であり、より強い事業基盤で成長/創業利益最大化・個人保証解除/雇用の安定、というメリットがある(デメリットとしては、一族がオーナーではなくなる)。
友好的M&Aのリアルな事例紹介もあった。同社が手掛けた3事例「オーナーの最後の仕事(地質調査会社)」「設備投資型起業の事業承継(フィットネスチェーン)」「若い経営者の決断(機械部品商社)」を年商など企業規模も含めて具体的に紹介。また、自社のM&A事例=同業の古参大手で、法人対法人やクロスボーダーM&Aに強みを持つ「RECOF」などのグループ化についても語った。
M&Aを実行した社長の印象的な言葉としては「金のためにこの話を進めているわけじゃない。会社のため、社員のためだ。勘違いしないでくれよ」「神様が『100歳まで生きる』と教えてくれたら、会社を譲渡するなんて絶対に考えない」「会社と社員のためこの方法しかないと確信した」「オーナーと同じように考え、重圧の中で判断できる人は(身近に)いない」「次世代に任せて引退も考えたがそれは無責任。社員がかわいそう(だから自分が決める)」があったという。
最後に、中小127万社で後継者が不在であること、23年に6割以上の経営者が70歳以上になることに言及しつつ、同社が「健全な日本経済の未来を実現するために“正しいM&A”をけん引していく」決意を述べた。そして「株価レーマン方式」※などの明瞭・低廉な手数料体系、相談しやすい料金体系と、あらゆる顧客に最適なM&Aを提供できる同社のグループ企業、高い認知度、実施しているTVCMなどを紹介して講演を締めくくった。
※貸借対照表(B/S)の株式価額のみを仲介手数料率の対象とするため、費用が低額に抑えられる成功報酬算定式
撮影:今井 知佑
2022年6月24日(金) オンラインにて開催・配信
source : 文藝春秋 メディア事業局