日本映画の名作「男はつらいよ」は、「ひとりの俳優が最も長い期間にわたって主人公を演じ続けたシリーズ」としてギネスブックにも掲載されている。しかし、海外、とりわけフランスでは、黒澤明や小津安二郎などの巨匠や、最近の是枝裕和や河瀨直美などの作品に比べて知名度が低かった。
海外における最大級の日本文化紹介拠点として1997年に官民一体の「オールジャパン体制」で発足したパリ日本文化会館では、開館25年を迎えた今年、ʻUn an avec Tora sanʼ(寅さんとの1年)と題して、「男はつらいよ」全50作品の海外初の完全上映を行っている。観光名所のエッフェル塔近くにある会館の壁面には、長さ15メートル、幅7メートルの巨大な寅さんの広告が掲げられ、行きかう人々の関心を集めている。
とは言ってもシリーズ上映開始前は、寅さん独特の「結構毛だらけ猫灰だらけ……」「たいしたもんだよ蛙の小便……」などといった威勢の良い啖呵やダジャレを含んだ独特のセリフ回しをフランス語字幕に的確に訳すのはほとんど不可能であり、作品が果たしてフランス人の観客に理解され、面白がってもらえるのだろうかという不安もあった。
しかし「案ずるより産むが易し」とはよく言ったもので、渥美清はじめ、個性的な俳優陣のコミカルな口調やオーバーなジェスチャーなどにフランス人の観客から大きな笑い声が上がることもしばしばである。コロナ禍で鑑賞時のマスク着用が義務付けられていた時期には、「笑いすぎで飛沫がマスク越しに飛ばないか」などと心配になるほどだった。
だがもっと驚いたことは、寅さんとマドンナが珍しく「両想い」となるものの悲しい結末に終わる「寅次郎純情詩集」(マドンナ役は京マチ子)の時など、フランス人の観客の中にも目頭を押さえる姿が見られたことであった。
なぜ、「寅さん」がこのようにフランス人に受け入れられるのだろうか。
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source : 文藝春秋 2022年9月号