6月10日の午後、東京上野の杜にある現存する日本最古の西洋料理店「上野精養軒」の創立150周年式典が、ご時世の影響もあり、社内で職員のみによって厳かに開催された。一口に150年というが、開店は1872年(明治5年)、明治維新から5年も経っておらず、日本はまだ旧暦を使っていた時代である(日本の新暦は明治6年の元日、旧暦の明治5年12月3日からである)。この年は、新たな日本の元首となった明治天皇が初めて牛肉を食した年であり、その後、明治天皇の要請で西洋料理のマナーを伝授したのが精養軒の創業者の北村重威(きたむらしげたけ)である。その後も皇室との縁は深く、宮中晩餐会を始め、明治以来の伝統で皇太子を始めとして主催され、第二次大戦後GHQの接遇にも使われて、その関係に大きな影響を与えた「鴨場接待」、さらに、天皇が主催する「御料牧場接待」は現在もなお精養軒が深くかかわって取り行われている。このため、小説やテレビドラマでも話題となった「天皇の料理番」のモデルとなった秋山徳蔵を始めとして、多くの料理人を輩出している。
精養軒の開業に際しては、幕末には尊王攘夷・討幕派の中心的な人物であり、明治維新後は元勲の一人で行政責任者の右大臣となった三条実美と、その補佐役の大納言に就任した岩倉具視が大きくかかわっていた。岩倉の側用人として京都から東京へ同行した北村重威は、岩倉から約束されていた京都府知事の職を辞して、精養軒を築地に設立開業した。明治9年、明治政府が上野の山の一部を公園に定めると、岩倉の強い要請を受けて、上野精養軒を開業することになった。その後は、伊藤博文、井上馨、後藤新平、大隈重信ら明治期のそうそうたる著名政治家や海軍関係者、財界人としては渋沢栄一が公用にも私用にも頻繁に活用した記録が残っている。
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source : 文藝春秋 2022年9月号