メディアや世論にも病理がある

「家族という病」を治す 7人の提言

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
ニュース 社会
佐藤優氏 ©文藝春秋

 2つの別の事件(川崎の殺傷事件と熊澤英昭元農林水産事務次官が息子を殺したとされる事件)が「引きこもり」というキーワードで関連づけられていること自体に大きな問題を感じます。

 (1)川崎で殺傷事件を起こした男が「引きこもり」だった。

 (2)「引きこもり」は殺傷事件を起こす可能性が高い。

 (1)と(2)は別問題です。(1)は事実です。しかしそこから(2)を結論づけることはできません。そして、そもそも2つは別の事件です。にもかかわらず、根拠もなしに(1)と(2)を混同し、2つの事件を結びつける言説が連日、新聞やテレビで垂れ流されています。ここに私は、今の日本社会の病理を感じます。それぞれ異なる複雑な背景をもっているはずなのに、世論もメディアも「分かりやすさ」を求めて、「引きこもり」という便利なキーワードに飛びつき、2つの事件を結びつけているのです。

 殺傷事件は「引きこもり」以外の人も起こしています。川崎の事件において、「引きこもり」は加害者の属性の1つにすぎません。そうした属性と事件を短絡的に結びつける思考はあまりに危険です。

 ネット空間には、「事件を未然に防止した」として、熊澤容疑者の行為を称賛する意見まで書き込まれています。熊澤容疑者が、「『運動会の音がうるさい』と不機嫌になる息子を見て、川崎の殺傷事件が頭に浮かび、息子が周囲に危害を加えないようにしようと思った」といった趣旨の供述をしているのは事実です。つまり熊澤容疑者自身が(1)と(2)を結びつけている。しかし、熊澤容疑者がそう思い込んだのは事実だとしても、この認識が正しいとはかぎりません。

 まず息子が子供たちを殺傷する現実的な危険が存在したかどうかについて、十分な検証がなされていません。仮に危険があったとしても、殺すことによって問題を解決するというのは、あまりに短絡的です。供述をそのまま垂れ流すことではなく、「短絡的だ」と批判的な検証も加えながら伝えることこそ、メディアの本来の役割であるはずです。

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source : 文藝春秋 2019年8月号

genre : ニュース 社会