6月号の目玉は、ノンフィクション作家・森功氏による「森喜朗元首相『裏金問題』真相を語る」です。
岸田首相の訪米(4月8~14日)前後、新聞・テレビ各社は森元首相のインタビューを取ろうと躍起になっていました。
裏金問題の真相を知る、最大のキーマンと目されていましたから当然です。元首相は、(1)清和会(安倍派)でキックバックを始めた張本人であり、さらに(2)安倍晋三元首相が中止を指示したキックバックを2022年に復活させた中心人物の1人と目されていました。
自民党の処分決定直前には、岸田首相が自ら事情聴取を行っていたことを明かしたため、そこで元首相が何を話したかについても注目を集めていました。本誌編集部も当然、話を聞きたいと思っていました。
そこへ森功氏から「森元首相がインタビューを受けてもいいと言っている」と連絡が入りました。時の政権を揺るがし、次の総選挙にも大きな影響を与えるとみられる事件の当事者ですから、編集部としては願ってもない話です。
4月18日午後、森功氏と共に東京・虎ノ門にある事務所を訪ねました。
まず驚いたのはその部屋の広いこと。30畳くらいある大きな角部屋で、2方向に開けたガラス壁の向こうには溜池・虎ノ門界隈を見渡すことができます。東京五輪やラグビーワールドカップ日本大会のグッズがそこかしこに置かれ、海外出張用の大きなスーツケースがいくつも並べられていました。
元首相は巨大なテレビの前の椅子に座っていました。脇にはおしゃれなシルバーヘッドの杖。私たちがモダンなソファセットに案内されて腰を下ろすと、開口一番こう語りました。
「森(功)さんは同姓だからというわけじゃないけど、書かれた本を拝読しても正確で面白いしね。文藝春秋とは過去にいろいろあったけれど、森さんの取材なら答えてもいいと思ってね」
いちばん聞きたかったキックバックに関しては自らの関与を否定しました。しかし、小泉純一郎元首相らと話したことや、歴代の清和会事務局長のかかわりなど興味は尽きません。
政界屈指の「座談の名手」と言われるだけに、永田町で権力をふるう政治家たちの人物を彷彿とさせるエピソードが次から次へと披露されました。その中には、
・岸田首相による事情聴取でのやり取りはどのようなものだったか
・岸田政権で安倍派五人衆が重用されたのはなぜなのか
・役職から遠ざかっていた小渕優子氏がなぜ選対委員長に抜擢されたのか……
といった現在の政権の裏話が含まれています。
岸田首相は国会で立憲民主党の岡田克也幹事長に対して、「私の責任で(森元首相に)聞き取り調査を行いました」と胸を張ってみせました。ところが本記事をお読みになれば、実態はこんなものだったのかと拍子抜けしてしまう方も多いでしょう。
そうした数々のエピソードの中で、私が個人的に最も印象に残ったのは、安倍派五人衆が塩谷立座長に安倍派としての全責任を取ってもらおうと画策していたこと、そして塩谷氏の説得を森元首相に依頼してきたという、これまでまったく知られていなかった話です。
話を聞きながら、「なぜ五人衆(のうちの誰か)が塩谷氏を説得しないのか」「大事な話なのになぜ森氏に頼るのか」という疑問が湧き起こってきました。
安倍派は安倍元首相の死去後1年経ってもリーダーを決められず、けっきょく裏金問題で瓦解しました。五人衆がいつまでも元首相を頼ろうとする姿にその理由が見えるような気がしたのです。
インタビューは予定の時間を大幅にオーバー。最近は車椅子姿も見られる元首相ですが、取材当日はナポリ仕立て風のジャケットを身にまとい、長時間にわたる取材にも疲れを見せることはありませんでした。
取材を終えて部屋を出ると、待合室には大勢の人。「誰が元首相と長話をしていたのだろう」という感じで、こちらに目を向けてきました。私たちの前にも議員らしき客人が出て行きましたから、この日の森事務所はお客がひっきりなしだったわけです。元首相の隠然たる力を垣間見る機会にもなりました。
(編集長・鈴木康介)
source : 文藝春秋 電子版オリジナル