澤田瞳子「のち更に咲く」

文藝春秋BOOK倶楽部

梯 久美子 ノンフィクション作家
エンタメ 読書 歴史

時代小説を読まなくなった貴方に

 次々と登場する時代小説の話題作についてゆけなくなり、「もう一生、山本周五郎と藤沢周平を読み返すだけでいいや」と思っていた私が、ここ数年はまっているのが澤田瞳子だ。徹底して資料を調べる人で、しっかりした骨格(史実)の上にしなやかな筋肉(ドラマ)が乗っているような、信頼できて面白い小説を書く。

 その新作『のち更に咲く』は、藤原道長が権勢を極めんとする平安中期の京都が舞台だ。道長邸の女房・小紅は、貴族の邸を襲う盗賊団の首魁・袴垂が、19年前に死んだ兄の藤原保輔だという噂を耳にする。

澤田瞳子『のち更に咲く』(新潮社)2200円(税込)

 保輔は大納言の高職にまで上った公卿を祖父に持ちながら、郎党を率いて盗みを働き、捕縛されて自害した。小紅が9歳のときのことである。

 兄のやさしさを忘れられずにいた小紅に、足羽忠信という検非違使大尉が接触してくる。かつて保輔の配下だった忠信は、保輔を裏切って密告したことで出世したといわれていた。忠信の目的は何か。袴垂は本当に兄なのか。もう一人の兄・保昌とともに小紅は真相を追いかける。

 保輔、保昌、忠信は実在の人物である。ほかにも、道長と正室の倫子、その娘で天皇・懐仁の中宮である彰子、彰子に仕える紫式部、保昌の妻となる歌人・和泉式部など、実在の人物が多数登場する。そこにヒロインの小紅や、生前の保輔を愛し今も執着する女、保輔の忘れ形見を自称する少女などの架空の人物が加わって、複雑な物語が織りなされる。

 実在と架空の狭間に位置する存在が袴垂である。古典好きにはよく知られているが、この名をもつ盗賊が説話集『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』に登場する。

 袴垂はあるとき藤原保昌が着ている装束を奪おうと後をつけるが、隙がなく襲うことができない。保昌は家に入り、衣を持ってきて袴垂に与えて帰した。これは有名な説話で、のちに袴垂と保昌の弟・保輔が混同されて「袴垂保輔」という名の盗賊の物語が生まれることになる(ちなみに同じ時代が舞台の今年の大河ドラマ『光る君へ』には、保輔ならぬ輔保という名の盗賊が登場した)。

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source : 文藝春秋 2024年6月号

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