谷川俊太郎、ブレイディみかこ著 奥村門土絵「その世とこの世」

文藝春秋BOOK倶楽部

梯 久美子 ノンフィクション作家
エンタメ 読書

詩と往復書簡

 英国在住のライター・ブレイディみかこと、東京の阿佐ヶ谷に暮らす詩人・谷川俊太郎が、1年半にわたって言葉を交わした。本書は雑誌に連載された往復書簡の書籍化だが、普通の書簡集と少し違うのは、谷川さんが詩で返事を書いていることだ。

谷川俊太郎、ブレイディみかこ著 奥村門土絵『その世とこの世』(岩波書店)1760円(税込)

 タイトルの『その世とこの世』を見て「“その世”って何?」と多くの人が思うだろう。聞きなれないこの言葉は2通目の手紙に谷川さんが書いた詩「その世」からとられている。

〈この世とあの世のあわいに/その世はある〉と詩は始まる。乱暴に要約すれば、そこはこの世より静かだが、あの世のようにまったくの沈黙ではない。風音や波音、密かな睦言、そして音楽が統べる世界だ。

〈この世の記憶が/木霊のようにかすかに残るそこで/ヒトは見ない触らない ただ/聴くだけ〉

 詩人であるにもかかわらず(いや詩人ゆえにか)、谷川さんは、目よりも耳、言葉より音楽を上位に置く価値観の持ち主だ。一方、かつて山本夏彦が向田邦子を評した「突然現れて殆ど名人」という言葉そのままに、彗星のように現れて出版界を席巻した書き手であるブレイディさんもまた、もともとは音楽ライターとして出発した人である。

 2人の言葉は活字としてページの上に存在するが、次第に音として鳴りはじめる。谷川さんの詩だけでなく、ブレイディさんが語り、問いかける言葉もそうだ。会ったことも話したこともないという2人の言葉はテンポもリズムも異なっているが、ずれているのに時折なぜかカチッと噛みあう。その不思議さが、次第に心地よく感じられてくる。

 2人のやりとりの背後にあるのは死の気配である。生と死のあわいにある「その世」とは、生から死に向かう途中につかのま現われる場であろう。本書では、きっぱりと割り切れない生と死に関するあれこれが、思いがけない軽やかさで話題に上る。

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source : 文藝春秋 2024年2月号

genre : エンタメ 読書