日本人ってなんなんだろう?
まだ作家になる以前、和歌山県は那智勝浦への旅の帰り道の出来事である。車窓の外を眺めていたら、突然視界に飛び込んできた巨大4な赤い橋――「カエル」をモチーフにした橋だった。目の錯覚かと思いつつ、考えさせられた。あの壮大な冗談みたいな橋は一体なぜ造られることになったのか。自治体とかゼネコンとかのおじさんたちが大真面目にカエルの橋の設計図を囲んで協議する光景が見てもいないのにフラッシュバックした。地元の人たちにどう説明したのか。あそこの出身者は「おらが故郷にゃカエルの橋がある」と誇りにしているのだろうか……。
などと通りすがりの旅人にすら杞憂を抱かせたあの橋は、実は堂々と写真集に収められていた超有名な「カエル橋」であった。その写真集は『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』。日本の「裏カルチャー」を表舞台に引っ張り出して否応なしに脚光を浴びせかける写真家、都築響一の傑作写真集である。
都築の興味は常に「悪趣味」に向かっている。先に述べたカエル橋もそうだが、暴走族、デコトラ、ピンク映画のポスター、なめネコなど、彼のカメラによって昭和の日本の(のみならず世界の、なのだが)暗部が容赦なく晒されてしまう。しかし日常的でちょっとおバカで数奇なるものに対する興味は何も都築だけのものではない。「一周回ってオシャレかも」と思わせる何か、得体の知れない魔力がそこにはある。普通なら見過ごしてしまいそうな——いや、関わりたくないと蓋をしてしまいたくなるようなそれらを執拗に追いかける都築の眼差しに、いつしか私たちの「もっと見せて」という欲求が被さっていく。彼のカメラアイは強烈な誘蛾灯なのである。
それにしても本作、タイトルだけですでに十分雄弁である。「ラブホテル」そして「秘宝館」。これはタイトルというか、日本にかつて(いまもところどころに)蔓延(はびこ)っていた施設の呼称なわけだ。しかしよく考えてみるとこの呼称、一体誰が最初に考案したのだろうか。絶妙すぎて理解に苦しむほどだが、これらの呼称を本作のタイトルにズバリ持ってきたところに作者のセンスを感じる。さらにこの2冊をセットにして「㊙︎BOX」と名付けた。装丁もまるでアダルトビデオのボックスセットのような懐かしさ。このあたり、作者のセンス炸裂である。
気になる中身はどうか。本作を手に取った瞬間から当然予感していたが、とにかく最初から最後までページをめくる手が止まらない。いや、ページをめくるのが惜しくさえなってくる。よくできた小説を読むと感情移入するあまり「終わらないでほしい」と思ってしまうものだが、それに近い。これほどまでにあっけらかんとして、これほどまでに何も考えさせず、これほどまでに「いやあ、ほんと日本人ってなんなんだろう……まあ、いっか」と苦笑させる写真集はそうそうない。回転ベッドならぬ回転コーヒーカップがあるラブホの部屋、気球のベッド、ベッド脇の滑り台……カップルたちはこんな部屋で一体何を語り合い、どう睦み合うのか。
秘宝館は「お色気」満載のはずだが、お色気というよりお笑い度の高さが半端ない。社員旅行に出かけたお父さんたちがここに行ってハメを外して大喜びしていた時代があったのかと思うと、微笑ましくもなんだか泣けてくる。
この2冊を通して得た結論。人間って可愛いなあ。その一言に尽きる。それはきっと作者の想いそのものなのではないか、と深読みしている。
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source : 文藝春秋 2023年12月号