健康ブームの文化論
健康オタクの自嘲フレーズに、こういうのがある。
「健康のためなら死んでもいい」
論理崩壊しているのに、微妙な共感を誘うところがミソ。ことほどさように、とりわけ日本人にとって「健康」「ヘルシー」はパワーワードであり続けてきた。
本書は、健康やダイエットが巻き起こしてきた数々の現象やブームを詳細に検証し、日本人の足跡を露わにする一冊である。
長年にわたって近現代の日本の食文化を見つめてきた著者は、「健康」「ヘルシー」が煽る熱狂の正体は、社会に蔓延する「健康欲」だと喝破する。人間の3大欲、食欲・睡眠欲・性欲に加え、“健康でいたい”“元気で若々しくありたい”と尻に火を付ける「健康欲」。その内実を覗きこめば、医学の進歩や情報過多のせいだけではない、日本人特有の行動原理や心性が透けて見えてくる。
逐一示される健康食品のトレンドの変遷は、あらためて目の当たりにすると、思わず顔が赤らむ節操のなさ。戦中戦後の窮乏を経て、1980年代、国の栄養政策は食べ過ぎや成人病予防へシフトチェンジ。「りんごダイエット」「月見草ダイエット」が話題を集め、そののち紅茶キノコ、ヨーグルトきのこ、ココア、黒酢、ごま、発酵ウコン、ザクロ、にがり、寒天、朝バナナ、酢大豆、カカオ、ポリフェノール……打ち上げ花火のように主役が入れ替わるたび、世間は踊ったり冷めたり忙しく、特定の食品や栄養を過大評価するフードファディズムが生まれる。テレビの“健康バラエティー”番組は話題性や消費を煽り、健康食品や関連本を売るバイブル商法が出現、インターネット時代のステルスマーケティングにも繋がる。「メディアと食品企業が作り上げた健康ブームに日本全体が包まれていった」。その熱は、男女共通のダイエット欲とも絡んで、相変わらず燃焼中だ。
事実を逐一拾い上げ、記憶と記録を積み上げるクロニクルの手法の行間から、著者ならではの公正な目線が光る。第5章「ダイエット狂騒曲」、第6章「新時代のダイエット」では、すでに大正期から始まっていた減食と痩身から近年の糖質制限ブームにいたる流れを描くのだが、怪しげな理論、医師や著作者などの登場人物についても忖度なし。ときおり混じるシニカルな物言いに何度も噴き出すけれど、いや、のんきに笑っていられない。私自身も「健康」の2文字にはびくっとするから。
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source : 文藝春秋 2023年12月号