家族と国家
ドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」「愛しきソナ」「スープとイデオロギー」――朝鮮半島にルーツを持つ自身の家族の姿を描く、映画監督ヤン ヨンヒによる三部作である。また、劇映画「かぞくのくに」(2012年)は、第86回キネマ旬報ベスト・テンで日本映画第1位。彼女の映画作品は、上映されるたび、国内外で反響を巻き起こしてきた。
本書では、カメラをペンに持ち替え、自身の覚悟を込める。あらたに書き下ろした家族の肖像は、表現者としてのヤン ヨンヒの強度をいっそう高めるものだ。
1995年から、ピョンヤンと大阪を行き来しつつ、手探りで家族を撮り始めた。実家は大阪市生野区、かつて猪飼野と呼ばれ、韓国朝鮮人と日本人が共存して暮らす土地。済州島出身の父は朝鮮総連の活動家、母は身を粉にして働きながら家族の生活を支えてきた。1970年代初め、中・高・大学生だった3人の兄が、1959年から始まった「帰国事業」のもと、片道切符で北朝鮮へ渡る。兄3人を失い、いっぽう学校では民族教育を叩き込まれる著者は、自己の確立に苦しむ。
「兄たちと生き別れになった私にとって、実家は苦悩が詰まった場所であり、過呼吸になるほどの思考を迫られる空間だった」
家族を撮る/書くことは、自分への問いかけを続けること。なぜ、父は「行ったこともない、よく知りもしない北朝鮮という国を美化し、他人に移住を勧めるという無謀を、革命的任務と信じ遂行した」のか。しかし、家のなかでは、父はステテコ姿でぽろりと本音を吐露したりもする。母はなぜ、3人の息子を北朝鮮に見送り、金の工面をしてまで息子たちや親戚への仕送りに奔走するのか。矛盾だらけの「苦悩が詰まった場所」は、ひとつの家族の枠組みを超え、個人と国家、歴史、世界情勢、政治がもろに結びつく場所でもある。表現の道を選んだ著者にとって、撮影や脚本や映像編集は自己確立の手段だったが、同時に、人間の自由や尊厳について思考を深める鍛錬でもあった。
その代償というべきか、父のリアルな姿を描く「ディア・ピョンヤン」発表後、著者は北朝鮮への入国を禁じられ、さらに離散家族となる。しかし、父の死後、ひとりで暮らす母は、娘の映画が原因となって嫌がらせを受けても、「家族の記録を映画にしてくれてありがたい」と言い、娘のカメラの前に立つ。こうして完成したのが、母の人生を描く最新作「スープとイデオロギー」だ。
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source : 文藝春秋 2023年9月号