ゴッホはいかにしてブランド化されたか
先日、雑誌の取材でゴッホ終焉の地・オーヴェール゠シュル゠オワーズを訪ねた。もう何度目になるだろうか。ほぼ毎夏訪れている気がする。
ファン・ゴッホが最期を迎えた下宿の部屋は一般公開されていて、いつ行っても世界中からやって来た観光客が詰めかけている。しかしその部屋は単なる観光スポットではない。「あの」ファン・ゴッホが息を引き取った部屋なのだから。はしゃいだり騒いだりする無粋者はいない。世界で最も有名な画家の最期の瞬間を、誰もが静かに追体験している。
いつも思う。ファン・ゴッホという画家はどうしてこんなにも世界中の人々に知られ、また愛されているのだろう?
彼がこの世を去ってから130年もの時が経っている。しかし私たちは彼のことを忘れることはなく、むしろ知り尽くしている。彼の絵はもちろんのこと、彼の人生に何が起こったのか――生前は絵がほとんど売れなかったこと、自分の耳を切ったこと、志半ばで自殺したこと、死後人気がうなぎのぼりになり、いまや彼の作品はオークションに登場すれば1点100億円を超える場合もあることなどをつぶさに知っている。いったいなぜなのだろうか? その問いに見事に答えてくれたのが本書である。
著者の圀府寺司氏は日本におけるファン・ゴッホ研究の第一人者であり、ファン・ゴッホ関連の書籍や展覧会の図録に必ずと言っていいほどその名が記載されているエキスパートである。私もこれまで数多くの同氏の著作に親しんできた。同氏が監修し図録執筆も手がけた「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」(2017―18年)という展覧会は、ファン・ゴッホと日本の深い関係性を詳らかにした画期的な企画だった。日本において、いかにしてファン・ゴッホという「作品であり一人の人間」が浸透していったか。その過程も本書には含まれている。
最も面白いのは、実は本書のタイトルではないかと思う。本書は、ある一人の画家がどうやって世の中に受容されていったかを突き詰める「受容史」ではない。ファン・ゴッホが死後、さまざまな人やネットワークやメディアを通して「変容」していった非常に特異な画家であることを知らしめる「変容史」なのだ。そのことを著者は序章ではっきりと定義している。
この130年のあいだ、世界は歴史的な転換期を何度も迎えた。社会、政治、経済、芸術、文化――さまざまな分野で、ファン・ゴッホが生きていた頃とは比べものにならないほど変化が起こった。その過程で、一人の名もない画家がいかにして「ファン・ゴッホ」というブランドに化けていったか。追いかけるのは容易いことではなかったはずだ。
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source : 文藝春秋 2023年9月号