歴史に埋もれた〈声〉

文藝春秋BOOK倶楽部特別編 2023年「わたしのベスト3」

梯 久美子 ノンフィクション作家
エンタメ 読書

『焼き芋とドーナツ』湯澤規子/KADOKAWA
『本の栞にぶら下がる』斎藤真理子/岩波書店
『ラジオと戦争』大森淳郎、NHK放送文化研究所/NHK出版

 紡績女工に焦点を当て、近代になって誕生した女性労働者たちがどのように生き、それが現代にどうつながっているかを検証したのが『焼き芋とドーナツ』だ。紡績女工といえば細井和喜蔵の『女工哀史』だが、中卒で紡績女工として働いた母をもつ私は、徹底して無知で無力な存在として女工たちを描いたこの本に長く違和感をもっていた。『女工哀史』は戦前の話で、私の母が女工になったのは戦後の昭和20年代だという違いはあるにせよ、だ。

 

 本書の冒頭で、細井の内縁の妻で『女工哀史』の中で描かれた女工の一人だった高井としをへの聞き書き『わたしの「女工哀史」』が紹介される。そこには自分の手で稼ぐことの誇りがあり、女性同士の連帯がある。それらは私が母から聞いた女工時代の暮らしと通じ合うものだ。

 これはほんの入り口で、海をまたいで響きあう日米の女性労働史を、本書は生き生きと浮かび上がらせる。

 女性労働に関する研究やルポルタージュは長く男性が担ってきたが、本書からは「わたし」という主語で語る声が聞こえてくる。女性たちが影響を与え合い、次代につなげてきた歴史を実感させてくれる良書だ。

 読書エッセイにとどまらない広がりと文学性を持つのが『本の栞にぶら下がる』だ。著者は韓国文学の翻訳者で、昨今の韓国文学ブームの立役者の一人。『チボー家の人々』の話から始まり、さまざまなジャンルの本が登場するが、語られる言葉の一つひとつに、血肉が通うとはこういうことかと思わせる質量とリアリティがあり、それでいて文体は軽やかだ。本の向こうに著者の半生が垣間見えるが、決して語りすぎず、それでいてひとつの時代精神を描き出す手腕はみごと。

 国策の宣伝部門だった戦時下のラジオを、元NHKディレクターの著者が膨大な資料と聞き取りをもとに検証した『ラジオと戦争』。人々を導くという尊大な矜持ゆえに、メディアが「報国」へと動員されていく流れが、怖ろしいほどよくわかる。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2024年1月号

genre : エンタメ 読書