『焼き芋とドーナツ』湯澤規子/KADOKAWA
『本の栞にぶら下がる』斎藤真理子/岩波書店
『ラジオと戦争』大森淳郎、NHK放送文化研究所/NHK出版
紡績女工に焦点を当て、近代になって誕生した女性労働者たちがどのように生き、それが現代にどうつながっているかを検証したのが『焼き芋とドーナツ』だ。紡績女工といえば細井和喜蔵の『女工哀史』だが、中卒で紡績女工として働いた母をもつ私は、徹底して無知で無力な存在として女工たちを描いたこの本に長く違和感をもっていた。『女工哀史』は戦前の話で、私の母が女工になったのは戦後の昭和20年代だという違いはあるにせよ、だ。
本書の冒頭で、細井の内縁の妻で『女工哀史』の中で描かれた女工の一人だった高井としをへの聞き書き『わたしの「女工哀史」』が紹介される。そこには自分の手で稼ぐことの誇りがあり、女性同士の連帯がある。それらは私が母から聞いた女工時代の暮らしと通じ合うものだ。
これはほんの入り口で、海をまたいで響きあう日米の女性労働史を、本書は生き生きと浮かび上がらせる。
女性労働に関する研究やルポルタージュは長く男性が担ってきたが、本書からは「わたし」という主語で語る声が聞こえてくる。女性たちが影響を与え合い、次代につなげてきた歴史を実感させてくれる良書だ。
読書エッセイにとどまらない広がりと文学性を持つのが『本の栞にぶら下がる』だ。著者は韓国文学の翻訳者で、昨今の韓国文学ブームの立役者の一人。『チボー家の人々』の話から始まり、さまざまなジャンルの本が登場するが、語られる言葉の一つひとつに、血肉が通うとはこういうことかと思わせる質量とリアリティがあり、それでいて文体は軽やかだ。本の向こうに著者の半生が垣間見えるが、決して語りすぎず、それでいてひとつの時代精神を描き出す手腕はみごと。
国策の宣伝部門だった戦時下のラジオを、元NHKディレクターの著者が膨大な資料と聞き取りをもとに検証した『ラジオと戦争』。人々を導くという尊大な矜持ゆえに、メディアが「報国」へと動員されていく流れが、怖ろしいほどよくわかる。
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