谷崎潤一郎は、生涯に3人の妻を持った。最初の妻は、友人の佐藤春夫に“譲渡”したことで世間をさわがせた千代。三番目の妻は『細雪』の四姉妹の次女・幸子のモデルになった松子である。
文学史を彩るいくつもの逸話を残したこの2人の妻の間に、もう1人、ほとんど知られていない妻がいる。彼女の名は丁未子。旧姓は古川という。鳥取県出身で、大阪府女子専門学校(現在の大阪公立大学)を出た才媛だった。
谷崎と一緒になったのは、1931(昭和6)年、24歳になる年のことである。すでに文名高かった谷崎とは21歳の年齢差があった。
周囲はこの結婚を危ぶんだ。女性について独特の審美眼を持ち、好みのうるさかった谷崎が、人目を引く容貌の持ち主ではあるものの、インテリの小娘にすぎない丁未子に満足できるはずがないと思ったのだ。
大阪府女子専門学校時代からの丁未子の友人に、一時期、谷崎の秘書をしていた高木治江という女性がいる。彼女は『谷崎家の思い出』という回想記の中で、谷崎をよく知る女性が、当時、この結婚について言った言葉を書きとめている。
「早い話がだっせ、女性遍歴では海千山千の先生が、あんなおぼこはんのとろくさい閨捌きで辛抱しゃはる思いまっか」
辞書を引いても出てこない「閨捌き」という言葉は、閨房における男性の扱い方、ということだろう。この女性は谷崎の友人の実業家・妹尾徤太郎の夫人で、花柳界の出であった。
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source : 文藝春秋 2023年7月号