石橋湛山に学ぶ「真正保守」の哲学

日本の地下水脈 第41回

保阪 正康 昭和史研究家
ニュース 政治 昭和史

なぜ井出孫六は21世紀に湛山の読書会を開いたのか

 今年、生誕140年を迎える石橋湛山への関心が高まっている。

 湛山は、私の見るところでは、近現代史にひときわ深く存在を刻んだ「真正保守」の政治家でありジャーナリストであるが、湛山がいま甦りつつあることの前提には、累代の自民党政治の歪みが一気に噴き出したかのような不祥事が続く岸田政権への失望があるだろう。ことに裏金問題によって、本来は政治倫理の真っ当さを体現しなければならない権力側の政治家が、政治資金の不透明極まりない還流と、議会制民主主義の長年にわたる腐敗構造の只中にいることが明らかになり、日々の生活に呻吟(しんぎん)しながら納税の義務を真面目に果たしている国民からすると、強い不信の念を抱かざるを得ない政治の実態になっている。

石橋湛山(出典:国立国会図書館)

 そうした状況下での湛山復活という機運になるわけだが、昨年6月に設立された超党派の議員連盟「石橋湛山研究会」に注目が向けられているのも、その一つのあらわれと言えるだろう。この「湛山議連」は、岩屋毅元防衛相(自民党、麻生派から離脱)、古川元久元国家戦略担当相(国民民主党)、篠原孝元農水副大臣(立憲民主党)の3人を共同代表とし、古川禎久元法相(自民党、茂木派から離脱)が幹事長に、小山展弘衆院議員(立憲民主党)が事務局長に就任している。自民党、公明党、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会などから、50人あまりの政治家が参加しているようである。

 岸田政権は裏金問題について、その温床となってきた派閥を解消する方向を提示することで事態の収束を図ろうとしている。この動向は裏金の実態精査を伴わない限り本当の解決とはなり得ないとは思うが、「湛山議連」の中心にいる古川禎久と岩屋毅が、1月末から2月初めにそれぞれ自らが属する派閥を退会したことが話題となった。いまとは状況が異なるとはいえ、利権と派閥に特徴づけられる近現代の打算的な政党政治を批判してきた湛山の遺志が果たしてそこに投影されているのか、これからの彼らの政治的な実践を見極める必要があるだろう。

「湛山議連」の問題意識とは

「湛山議連」のメンバーの発言をメディアで読む限り、彼らに共通するのは、いまアメリカの世界支配が揺らぎ、米中対立が深刻化しているときに、戦争を回避するための外交的な構想力を湛山から学ぼうという問題意識であるようだ。対米従属一辺倒ではない独立自尊を探り続けた湛山の思想と行動を現代政治のなかで捉え直し、活かそうとする試みが現実政治においてどのような展開を見せるのか、注視していきたいと思う。

 ただ、湛山という存在を歴史のなかで検証してきた私の立場から、自戒も込めてあえて厳しいことを言っておきたい。湛山思想とは、左右の極端な発想を排して、人間的な徳目を守りながら日本社会を真の民主主義、平和主義へと少しずつ変えていこうとする考え方であるから、その一見の柔軟性ゆえに、取り組みやすく、利用しやすいと感じられがちである。だが、湛山の考えたことを吟味すればするほど、それは日本の近現代史の核心を問うものであることが痛切に理解されるはずだ。湛山を読み込むとは、私たちの生き方を歴史のなかで、根本から、多面的に、見つめ直すことに他ならないのだ。

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source : 文藝春秋 2024年4月号

genre : ニュース 政治 昭和史