深層取材 金正男暗殺 正恩の焦りと狂気

兵器オタクの独裁者は次に何を狙うのか

牧野 愛博 朝日新聞記者・広島大学客員教授
ニュース 政治 韓国・北朝鮮
金正男氏(左)と金正恩氏(右) ©時事通信社

 2月13日午前9時、マレーシアの首都クアラルンプールの国際空港で、金正日総書記の長男、金正男が殺害された。空港の監視カメラには、1人の女性が正男の背後から近づくと、両手で正男の顔面を2秒ほど覆った後、足早に離れていく映像が残されていた。正男は空港職員に苦痛を訴え、空港近くの政府系病院に搬送されたが、そのまま死亡した。死因は猛毒の神経剤VXだった。

 北朝鮮のロイヤルファミリーの一員の死亡、それも白昼堂々の暗殺テロだったが、日米韓の動きは極めて鈍かった。

 クアラルンプールの韓国大使館は、空港での殺害事件の情報が当初、現地で大きな騒ぎにならなかったこともあり、しばらくソウルに報告しなかった。ワシントンで米政府から「正男らしき人物が殺害されたようだ」という話を耳にした駐米韓国大使館がソウルに急報して、初めて事情を知るお粗末さだった。

 動きが鈍かった背景には、「まさか」という思いもあった。そもそも韓国政府は、金正恩朝鮮労働党委員長が権力を継承した2011年12月から間もない翌年2月、中国政府が正男に対して「身辺の危険に注意した方が良い」と警告した事実を把握。正恩による「正男暗殺計画」が動き出したことを知っていた。12年には実際、北京で北朝鮮の工作員による暗殺未遂事件も起きた。

 ただ、クアラルンプールで起きた事件の初報を聞いたとき、関係国の情報機関関係者たちは、一様に違和感を覚えたという。関係者の1人は「殺すなら、事故などに偽装して殺すと思っていた。少なくとも目撃者がいない場所を選ぶ。空港でと聞き、冗談かと思った」と話す。

20年前の悪夢の再来

 北朝鮮の「殺しのセオリー」には2つの原則がある。第一は「確実に殺す」こと。今回、女性2人が正男に近づき、うち1人が正男を殺害したとみられる。北朝鮮の元工作員は語る。「2人で1つのユニットを組むのは基本だ。周囲を警戒できるし、逃走路もすぐ見つけられる。女性を使うことも、警戒心を抱かれないから便利だ」。北朝鮮では、男性が中心になった強行犯組など複数のユニットを準備して、状況に応じて使い分けるという。

 第二は「痕跡を消す」だが、今回はその原則が全く守られなかった。「一番良いのは、事故に見せかけることだが、差し迫っていたなら、ホテルで自室に戻ったところを待ち伏せて殺すこともできる。警察や軍が常駐し、監視カメラがたくさんある空港で殺すというのは理解できない」(同前)

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source : 文藝春秋 2017年04月号

genre : ニュース 政治 韓国・北朝鮮