事例研究に裏付けられたお金の小説
ウクライナ戦争で国際的にエネルギー価格や穀物価格が上昇した影響が日本にも及び始めた。
〈七月の消費者物価指数(二〇二〇年=一〇〇)は、値動きの大きい生鮮食品をのぞいた総合指数が一〇二・二で、前年同月より二・四%上がった。上昇幅は一四年一二月以来の大きさで、消費増税の影響があった期間をのぞくと〇八年八月以来だ。資源価格の上昇によるエネルギー関連や食料の上昇が続いている。/総務省が一九日、発表した。一一カ月連続の上昇で、二%を超えるのは四カ月連続。上昇幅は六月の二・二%から〇・二ポイント広がった。生鮮食品をのぞく全五二二品目のうち約七割が値上がりした。電気、ガス代などのエネルギー関連は一六・二%上昇。物価を押し上げている主な要因だが、政府のガソリン補助金が段階的に拡充されたことなどで、上昇幅は三月(二〇・八%)以降は鈍化している。/一方、食品の値上げは加速している。生鮮食品をのぞく食料は三・七%上昇した。生鮮食品をふくむ食料全体は四・四%上がり、総合指数では二・六%上昇した。消費増税の影響をのぞけば一九九一年一二月以来の上昇幅だ〉(八月二〇日「朝日新聞」朝刊)
物価が上昇しても、賃金や年金がそれ以上に上昇するならば、国民生活に悪影響を与えない。高度経済成長期はインフレ基調だったが、賃金がそれ以上に上昇したので国民は物価上昇を受け入れた。しかし、現在、大多数の国民は、賃金が大幅に上昇するとは考えていない。将来の生活に不安を感じている。
新自由主義をどう生きるか
高度成長期には、社会主義思想も無視できない影響力を持っていた。日本政府と自民党にとっての最優先課題は、社会主義革命を起こさないことだった。そのために国家が経済過程に介入し、資本の動きを規制し、再分配政策をとった。いわゆる福祉国家政策だ(マルクス主義者は国家独占資本主義と呼んだ)。1991年12月のソ連崩壊により、社会主義の影響は著しく後退した。国家は規制を緩和し、資本が自由に動ける環境を作り、弱肉強食の新自由主義が世界的な流行になった。新自由主義の下では自己責任が強調される。
この状況でどう生きていくかという問題と真剣に取り組んでいるのが『三千円の使いかた』だ。小説という形態をとっているが、ていねいな取材による事例研究に裏付けられた実用書でもある。2018年に単行本が刊行され、21年に文庫化されたが、発行部数は既に60万部を超えている。この本に影響されて、生活を見直した人も少なからずいると思う。その意味で本書は現実に影響を与える思想書でもあるのだ。
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source : 文藝春秋 2022年10月号