少女漫画誌でデビューしたはずだが、気づけばエッセイ、ノンフィクションなど、自分のことばかりを描いている。思えば最初から、多大な影響を受けた母の死について描く気でいた。しかしなかなか描きだせなかったのは、母の死は、彼女がある宗教の信者であったことと切り離せないからだ。幸せを求めた宗教から正反対の結果を受け取って、母は自死した。私は14歳だった。
それまでは母に言われるがまま仏壇の前に座り、ご本尊に手を合わせるのが日課だった。宗教活動にいそしむ母は育児の手間を惜しんだので、ほとんどの時間を妹とふたりで過ごした。時折連れていかれる会合では、集まった信者の前で檄を飛ばす母を見る。その姿は少し恥ずかしく、けれど同時に誇らしくもあった。正法で世を導く力強さ、信心で一家和楽を願う優しさ。
しかし結局どちらも実現することなく、母は去った。遺書はなかったが、原因はいくらでも思いつく。教団内の人間関係、宗教に反対していた父との不仲。飲んでばかりの父は家庭をかえりみず、休日は仲間を集めて我が家を雀荘にした。彼らを罵ると、母からはこっぴどく叱られる。怒ってはいけない、善人であれ。しかし人間がその境地に至れるのか。到達できぬ凡人は罪だらけの己を恥じて病むのだと、母は身をもって証明したようなものだ。私たち家族にとって、宗教は救いではなく災いだったと、母の死をもって知った。
亡き後、教団とは距離をおいた。それから長い月日が経ち、成人して漫画家になったが、なぜかうまく生きられない。思い切って受けたカウンセリングでわかったのは、私は怒りを封じ、善人であれと自分に命じているということ。母と同じだ。宗教の教えが深く根付いていたのだ。
本格的に母のことを描きたいと思った。けれど世間は宗教に触れたがらない。話題にしないことが大人の作法でもあるかのように。それが昨今「宗教2世」という言葉が誕生し、インターネットを中心に風向きが変わってきた。信仰を持つ親のもとに生まれた当事者たちが、痛みを語り始めたのだ。教義による肉体的、精神的虐待。独特の価値観で育てられ、社会に適合できない苦しみ。誰も救いあげようとしないつぶやきが、スマホでスクロールされては消えていく。宗教をタブーにしたままでいいのだろうか。
こうした宗教2世の生きづらさを、ノンフィクションとして出版することは無理でも、ほかの方法なら伝えられるかもしれないとイベントを企画。彼らの生の声を伝えた。偶然それを見て、声をかけてきたのが集英社の編集者だ。様々な宗教の2世に取材をして、私の話も含めて一冊にしようという。ふたつ返事でとびつき、すぐにウェブ連載を開始した。
ところが、回を重ね、反響に手ごたえを感じた矢先に、ある教団からクレームが入った。漫画は宗教の批判ではなく、ただ2世の苦しみを描いている。よもや集英社が屈することはあるまいと思っていたが、あえなく全話が削除となった。
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source : 文藝春秋 2022年11月号