絶対悲観主義

巻頭随筆

楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授
ビジネス 企業 働き方

 仕事を始めた駆け出しのころ、何をやってもうまくいかなかった。だからといって一念発起で刻苦勉励するような根性もない。そもそも大した志を持ち合わせていない。このままでは自分は何も達成できないのではないか―漠然とした不安の中でたどり着いたのが「絶対悲観主義」という仕事哲学だ。「自分の思い通りにうまくいくことなんてひとつもない」という前提で仕事をする――陰鬱なように聞こえる。しかし、ジッサイのところはわりと明朗な哲学だ。

 GRIT(困難に直面してもやり抜く力)とかレジリエンス(逆境から回復する力)といった言葉がもてはやされている。困難や逆境に直面したときにやり抜くことができず、心が折れてしまう人が今の世の中にそれだけ多いことを暗示している。僕に言わせれば、GRITやレジリエンスはある種の呪縛だ。「うまくやらなければならない」という思い込みがある。だから、ちょっと思い通りにならないだけで、「困難」「逆境」にある気がする。克服するためには「やり抜く力」や「挫折からの回復力」を獲得しなければならない――悪循環に陥る。

 これだけ多くの人がそれぞれに利害を抱えて生きている世の中だ。思い通りになるほうがヘンで、うまくいくことなんてほとんどないのが当たり前――この元も子もない真実を直視さえしておけば、戦争や病気のような余程のことがない限り、困難も逆境もない。逆境がなければ挫折もない。目の前の仕事に気楽に取り組み、淡々とやり続けることができる。GRIT無用、レジリエンス不要。

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source : 文藝春秋 2022年10月号

genre : ビジネス 企業 働き方