「中南海の25人」お友達人事録

習近平の仮面を剥ぐ

李 昊 神戸大学大学院講師
ニュース 国際 中国
トップ7だけでなくトップ25人に注目すべきだ

権威の上で鄧小平を超える

 10月16日、いよいよ中国共産党第20回全国代表大会が開幕する。通称・党大会、5年に一度開かれる中国最大の政治イベントである。今年の党大会では、総書記の習近平(69、政治局常務委員序列1位、以下カッコ内は党大会時の年齢と肩書)が「異例の三期目」に突入すると言われ、これまで10年続いた政権の権力基盤強化が一層進むことが予想されている。

 習近平が「人民の領袖」という尊称を正式に獲得するという見方も広まっている。これまで領袖とよばれたのは、「偉大な領袖」だった毛沢東と、一時「英明な領袖」とされた華国鋒の2人だけだ。習近平が「人民の領袖」になれば、権威の上で鄧小平を超えることとなる。

 習近平はなぜこれほどまでに強い権力を手中に収めることができたのか。また、異例の三期目にはどのような統治がなされるのだろうか。

 党大会の後には、新しい指導部が発足する。党大会の季節になるとメディアがこぞって報道し、人事をめぐる推測が飛び交う。しかし聞きなれない言葉が並び、実際のところはよく理解されていない。

 中国政治は複雑怪奇だ。中国共産党は秘密主義であり、内部で何が起きているのか、外からはほとんど見えない。加えて党が国家を領導する体制は、日本の政治制度との差異が大きく、とかくわかりにくい。

 党の優越性は様々な場面で確立されている。たとえば、地方では、党委員会書記と政府の首長(省長や市長など)の2人の指導者がいるが、政府の首長は通常党委員会の副書記であり、書記の部下となる。また、日本の国会にあたる全国人民代表大会のトップや首相にあたる国務院総理は、いずれも共産党の最高指導部のメンバー(政治局常務委員)である。中国では国家機関の幹部も大半が党員であり、党のヒエラルキーのなかに位置づけられる。習近平は党の総書記、国家主席、軍のトップである中央軍事委員会主席の3つの役職を兼任しているが、最も重要なポストは党の総書記である。党の最高意思決定機関たる党大会は、当然全人代に比べ、はるかに重要なのだ。

 本稿では、党大会開幕直前に中国共産党の「内幕」を紹介しつつ、習近平政権のこれまで、いま、そしてこれからを考えてみたい。

「最弱の帝王」の権力闘争

 2007年に習近平が事実上次期総書記に内定した時、今日のような強権的な地位を予期できた人はほとんどいなかっただろう。前任者の胡錦濤江沢民の介入に悩まされ続け、思い通りの政権運営ができなかったのだから、健在の元総書記2人に口出しされる習近平はきっと身動き一つ取れないと予想されたものだった。習近平を「共産中国最弱の帝王」と呼ぶジャーナリストもいた。しかし、2012年にいざ政権(第一期、~2017年)が発足すると、習近平はそんな予想を覆して瞬く間に権力を掌握していった。なぜ、そんなことができたのだろうか。

 習近平の権力掌握にとって、最も重要だったのは反腐敗闘争だ。この大規模なキャンペーンは、日本でも盛んに報道され、よく知られている。「虎もハエも叩く」と言われ、2012年から2022年9月までの10年で、実に7名の国家指導者(日本の副首相級にあたる)、数十名の部長級(日本の閣僚級にあたる)、数百名の副部長級(日本の副大臣レベルにあたる)が処分を受けた。権力を監視するメカニズムが脆弱な中国においては、大抵の幹部は叩けばほこりが出る。恣意的な摘発が行われ、反腐敗闘争が権力闘争の一環として進められたことは言うまでもない。

 反腐敗闘争で処分された幹部のうち、多くは党籍剥奪、職位からの解任、懲役の3点セットの処罰になった。失脚した幹部たちの罪状は様々だが、ほとんどすべてのケースで贈収賄があげられる。例えば、軍制服組トップを務めた2人(徐才厚と郭伯雄)は、「職務を利用して、他人の昇進を手助けし、直接あるいは家族を通じて贈収賄を行った」ことが主要の罪状となっている。報道によると、徐才厚の自宅の地下には1トンの現金が保管されていたほか、美術品や宝石などが乱雑に放置されており、10数台の軍のトラックでやっと全てを運び出したという。お金を金額ではなく、重量で数えるというのは衝撃的な表現であった。

 胡錦濤時代の元最高指導部メンバーで、引退後の2014年に摘発された周永康(元政治局常務委員)の逮捕の衝撃は大きかったが、贈収賄の他、「党と国家の機密を漏洩」、「多くの女性と姦通」などの罪状も並べられた。

 贈収賄、機密漏洩、下半身スキャンダルに加えて、中国共産党において、敗者に往々にして与えられる罪状は分派活動である。中国共産党は表向きは派閥厳禁だ。どの国にも政治エリートにはそれぞれ人脈があるものだが、中国では、失脚した者は派閥を作ったと批判されることとなる。古くは文化大革命中の林彪や「四人組」もそうだった。習近平は反腐敗闘争を進める中で、「党内で絶対に封建主義の癒着をやってはならない。小グループを作ってはならない。そういうことをやっているといつか大事になる」と吠え立てた。

トップセブン
 
トップ7のお披露目(2017年)

亡党亡国となるということだ

 2015年1月、「打倒された『派閥』」という記事が国営通信社の新華社から発表され、前年に失脚した周永康や令計画(元党中央弁公庁主任、胡錦濤の側近)に関係する人物に「秘書閥」、「石油閥」、「山西閥」というレッテルが貼られ、名指しで吊し上げられた。

 習近平の反腐敗闘争は前代未聞の規模で展開されたが、そのような大胆なキャンペーンは決して新任総書記一人でできることではない。習近平には信頼できる仲間がいた。よく知られるのは王岐山(74、国家副主席)だ。もともと金融畑を歩んだ実務家で、胡錦濤政権では副総理を務めていた。それが習近平政権では、中央規律検査委員会書記という党内の汚職腐敗を取り締まる部門の責任者に抜擢された。習近平政権発足当初、ほとんどのメディアやチャイナウォッチャーは江沢民対胡錦濤の対立構図で中国のエリート政治を観察していたため、王岐山は中立とされ、習近平と王岐山の関係に気づいた者は多くなかった。

 しかし時間が経過し、王岐山が八面六臂の大活躍を見せるにつれて、習近平と王岐山が文化大革命中に延安に下放されて、そこで友情を培っていたことが注目された。習近平にとって、指導部の中で最も信頼できる仲間が王岐山だった。王岐山は有能な人物で、高級幹部の腐敗の証拠を固めてから、会議で処分を提案するため、習や王の反腐敗路線を内心苦々しく思っている指導者たちも同意するしかなかった。

 王岐山が上から下まで大々的に摘発を展開することで、失脚した幹部の椅子が次々と空くこととなる。習近平はそこに自らに近い人物を次々とつけていくことで勢力を拡大していった。王岐山の功績は高く評価され、2018年には、党大会時に68歳以上なら引退という不文律の定年を超えて国家副主席に選出された。しかし、近年、王岐山に近い人物が相次いで失脚している。そのことから、習近平と王岐山の関係が悪化しているという話がまことしやかに流れているが、真相は不明だ。

王岐山
 
大の功労者・王岐山

 もう一人、反腐敗闘争を進めるにあたって、習近平の信頼できる仲間となったのは、劉源という軍人である。第一期習近平政権期には、軍の兵站を司る総後勤部の政治委員を務めていた。中国人民解放軍の各部門には、司令員などの軍事面の指導者と並んで、政治将校がいる。政治委員と呼ばれ、軍の政治教育などを担当する。劉源は軍内で反腐敗闘争を強力に押し進め、徐才厚と郭伯雄の制服組トップの摘発に大きく貢献した。

 この劉源は、文化大革命で迫害され死に追いやられた元国家主席の劉少奇の息子である。習近平も習仲勲という革命の元老を父親にもつが、革命家を親にもつ「紅二代」同士、習近平と劉源は幼馴染だったらしい。そうした古い友情が習近平の軍内の権力掌握に役に立ったのだ。しかし、劉源は2015年には定年で軍を退役してしまい、以後、全人代の財政経済委員会副主任委員という典型的な半引退ポストについている。

 習近平が反腐敗闘争で権力を固めたことは間違いない。しかし、反腐敗闘争は単なる権力闘争ではなかった。習近平の腐敗に対する危機感は並々ならぬものがあった。2012年11月、政権発足直後の政治局の勉強会で早速「大量の事実が我々に告げているのは、腐敗の問題が深刻になれば、最終的には必然的に亡党亡国となるということだ。我々は警戒しなくてはならない」と強調した。腐敗はガバナンスの問題にとどまらず、政権の存亡に関わるのである。習近平には、強い使命感があった。

 反腐敗闘争以外に習近平の権力掌握にとって重要だったのは、胡錦濤の完全引退だった。2002年に江沢民が総書記を退任したとき、軍のトップとなる中央軍事委員会主席は退任せず、2年もそのポストに留任し、胡錦濤が権力掌握に苦戦した原因となった。しかし、2012年の代替わりでは、胡錦濤は完全に引退した。胡錦濤は退任に際して、「私はいろいろな妨害を受け、本来の仕事ができなかった。今後は習近平総書記を中心に党は団結してもらいたい」と話したという。この胡錦濤の暗黙の支持は、習近平にとって大きな助けとなっただろう。

画像1
 
中国共産党組織図

習近平は解放軍の身内だ

 軍は依然として中国の権力ゲームの鍵である。江沢民も胡錦濤も、軍の信頼を得るのに四苦八苦したが、習近平は、キャリアの最初から軍との強いつながりがあった。1979年に大学を出て党官僚になるが、最初の仕事は、中央軍事委員会で秘書長を務めていた耿颷という大物軍人の秘書だった。耿颷は習仲勲の戦友であり、その人脈が活きたことは言うまでもない。習近平の公式略歴には、この時期について「現役」という記述がある。それは軍籍を保持していることを表す。秘書業務では機密に触れることがあまりに多く、軍籍がなければ務まらなかったためだ。中国の文民指導者で、略歴にこのような記述がある者はほとんどいない。

 地方勤務に移ってからも、習近平は各勤務地の軍関係の役職を兼任してきた。特に福建省、浙江省、上海市での勤務が長かったため、旧南京軍区出身の者たちとの関係が深いと言われている。習近平政権発足時、軍幹部が「習近平は身内だ」と話したとも言われる。習近平は、軍の忠誠を勝ち取るのに苦労した江沢民や胡錦濤に比べ早くから軍を味方につけることができ、この軍との関係が権力掌握に大きく貢献したと考えられている。

 2017年、前回の党大会で習近平は自分に近い幹部を大量に指導部に抜擢し、第二期政権(~2022年)では一大勢力を築いた。それまでの指導部には王岐山という協力者がいたものの、それ以外には習近平の仲間と言える者は多くなかった。それが第二期政権では、最高指導部である中央政治局常務委員(現在は7名)のみならず、その下の中央政治局委員(現在は25名)の大多数が習近平と緊密な関係にあるとみられる。第三期政権の発足にあたり、習近平はどのような布陣を布くのだろうか。

 党大会の最も重要な仕事の一つに、次の5年間の党の運営を担う中央委員(約200名)の選出がある。そして、党大会閉幕翌日に新たに選出された中央委員たちが集まって開催される第1回中央委員会全体会議(一中全会)で、中央政治局委員、政治局常務委員、総書記、中央軍事委員会などが決定される。この人事に向けて前の年から調整が進められ、党大会の年の春ごろまでに地方幹部のシャッフルが行われる。

北戴河の存在感低下

 今年に入ってから、特に注目を集めた人事は、王小洪(65)の公安部長への抜擢だった。王小洪は習近平が福建省の福州市党委員会書記を務めていた時に市の公安副局長を務めた。習近平の執務室の隣に常駐して警護し、習近平の信頼を得た。党大会では、さらなる昇進が見込まれており、次期指導部で司法、治安部門を司る可能性がある。

 現在、習近平の隆盛に対抗できる勢力は皆無である。2022年5月に、党中央は引退幹部の行動に関するルールを定め、「党の規律を厳に守り、党中央の大きな政治方針について、でたらめに議論してはならない」と明文化した。習近平は、長老たちに口を出されるのを嫌ったのである。長老たちによる政治介入の絶好の場だった夏の北戴河会議は、徐々に存在感が低下していき、近年の報道や活動の様子を見るに、すでに長老たちの影響力はほとんどなくなっているようだ。

 春から夏にかけては、日本の首相にあたる国務院総理の李克強(67、政治局常務委員序列2位)が精力的に活動していた。一部では李克強と習近平の間で権力闘争が展開されており、党大会では李克強が総書記になるなどという観測も見られるほどだった。しかし、筆者の視点からは、李克強が習近平の権威に挑戦しているようには見えない。これまで10年にわたって総理を無難に務め、習近平の意向に逆らうことはなかった。李克強と関係が深いとも言われる現副総理の胡春華(59、政治局委員)は習近平礼賛を展開し、忠誠を誓っている。李克強は習近平に対する対抗勢力の中核にはなり得ていない。

胡春華
 
総理候補の胡春華

総理候補は北京大学総代

 次期指導部の有力候補をより詳細にみていこう。

 報道で最も注目されるのは、最高指導部と呼ばれる政治局常務委員会だ。現在7名のメンバーがいるが、胡錦濤時代は9名だった。この人数がどうなるのかも注目される。現在の常務委員のうち、全国人民代表大会の常務委員長(日本の国会議長にあたる)栗戦書(72)と国務院副総理の韓正(68)は定年を超えるため、引退が予想されている。習近平を除く他の比較的若い4名の処遇は一つの焦点である。李克強は総理を退任すると明言しているが、全人代の委員長に横滑りしてナンバー2の地位を維持するという予想もある。

 総理の人事は最重要である。建国以来、初代総理の周恩来を除いて、華国鋒、趙紫陽、李鵬、朱鎔基、温家宝、李克強の歴代総理は必ず副総理を経験している。年齢面で次期指導部に残りうる者の中で、副総理経験者は、汪洋(67、政治局常務委員、政治協商会議主席)と胡春華だけである。汪洋はかつて薄熙来とのライバル関係が注目された人物である。

 一方の胡春華は16歳で北京大学に入学した秀才である。卒業時も総代に選ばれるほど優秀だったが、志願して自然環境が厳しく赴任先として人気のなかったチベットに赴任した。人物としてはフランクなイメージがあり、広く好感をもたれている。共産党の指導者は髪を黒染めするのが一般的だが、胡春華は髪を染めておらず、早くから白髪を見せて自然体で振舞っていた。この点も話題になった。

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source : 文藝春秋 2022年11月号

genre : ニュース 国際 中国