「最後の男」の常習犯

日本人へ 第196回

塩野 七生 作家・在イタリア
ニュース 社会

 何年前だったかは忘れたが、利根川進の一年前にノーベル賞を受賞したイタリアの医学者が百歳になったときのインタビューを、テレビで観たときのことだ。さすがに顔はシワクチャになっていたが、優雅なイタリア風お洒落は健在。授賞式では紫のビロードのロングドレスで、北ヨーロッパの男たちの間に静かなどよめきを起させたものである。その彼女も百歳を迎え、インタビューに応じたというわけ。それを観ながら彼女の、頭脳と口調の明晰さにはびっくりした。びっくりしたのはインタビュアーも同じだったとみえ、どうしてそれほどの明晰さを保てるのかと聞いたのに答えたのが次の一言。

「明日起きたら何をするのか、わかっているんです」

 これには私の驚きはさらに増した。ヘタしたら私も百歳まで生きちゃうかも、と。

 今のように長編を執筆中ならば、朝食を終えて机の前に坐わると眼の前に原稿があり、昨日書いたものを読みなおして推敲する作業が先行する。それが終ると今日の執筆に取りかかる。書いていないときでも、机の前に坐わるのは同じ。大判の書物なら書見台で、文庫本はじかに机の上でと、読むのも書くのと同じ作業。凡才には、才能よりも持続する意志、と思っているので。

 ただし、百歳までなんて生きたくない。今は親切な息子も、あと二十年かと思えば複雑な気分になるだろう。出版社となると、困惑するのは確か。生産性は落ちる一方なのにまだ何を書くかわからず、外国での出版や英訳本の電子書籍もあり重版もあり、外国暮らしだから日本での窓口も必要だしというわけで、担当をカットするわけにもいかないだろう。

 これはもう、適度に死ぬしかない。それで、長生きするには害とされていることはすべてやり、役に立つとされていることはすべてしない、と決めたのである。これが意外と簡単。今までやってきたことは今後もつづけ、やらなかったことはこれからもやらない、でいいのだから。葡萄酒もタバコもピスタッキオのジェラートもOK。歩くときは両手を振って大股に、なんてみっともないまねはできるかと思っているのだから、教会に行って壁画を眺め、美術館では絵や彫像をじっくりと鑑賞し、街中の散歩もウィンドウショッピングしながら、をつづけるだけ。

 そう思っていた私をさらに幸せにしたのが、雑誌『Voice』八月号に載っていた「健康マニアにつけるクスリ」と題された記事だった。書いた人は新見正則(にいみまさのり)という名の医学者で、オックスフォード大学医学博士のくせに、イグノーベル賞というフザけた賞も受賞した人。どんなテーマで受賞したのか知りたいと思うが、この人の言うことがやたらと愉快。

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source : 文藝春秋 2019年10月号

genre : ニュース 社会