37歳で作家デビュー、52歳で没するまで書き続けた森瑤子(1940〜1993)。バブル時代を共にした日々を山田詠美氏が描いた。
森瑤子さん、五木寛之さん、そして、私と、当時、角川書店の社員だった、現、幻冬舎社長の見城徹さん、取締役の石原正康くんとで、定期的に食事会をしたり旅行をしたりしていた時期がありました。時に、五木さんの奥様やゲストも加わって、とてもゴージャスな時を過ごしました。
五木さんの運転するジャグワーで、箱根の芦ノ湖まで行ってカクテルアワーを過ごしたり、ホテルのスイートを借りて、シャンパーニュをいただきながら花火大会を見物したり。オープンしたばかりのトゥールダルジャンへ正装して鴨料理を食べに行ったり……森さんの与論島の別荘を訪れて、夜通しお喋りしたことも……。
バブルの真っ只中でしたが、その豪華さ、贅沢さは、時代によるものではなく、大先輩の御二人が醸し出す優美さが作り上げたものだったと思っています。その間に入れていただいた私は、時に、サガンの『ブラームスはお好き』のシモンの気分になったり、またボーヴォワールの『招かれた女』のグザヴィエールみたいと悦に入ったりしていました。どちらも洗練された大人の男女の隙間に滑り込んだ小僧と小娘なのですが、フランス小説の主人公になったつもりの私は、うっとり。ええ、おおいなる勘違いです。
大学生の頃、少し遅れて、森さんのデビュー作『情事』を読んだ私は、あまりのいとおしさに涙ぐんでしまいました。
六本木、人妻、外国人の男との情事。ゲスな日本人の男のライターが、おもしろおかしく書き殴る世界が、森さんの筆によって、美しく哀切に描かれていたのです。
「あの時代」と共に語られがちな森さんの小説世界ですが、彼女ほど、華やかさの陰にある孤独と哀しみの本質をつかんでいた日本の女性作家はいないでしょう。ホスピスの病床でひいていたルージュ。その真紅の色が忘れられません。
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source : 文藝春秋 2023年1月号