田辺茂一 夜の市長の「母恋いし」

101人の輝ける日本人

ライフ 企業

紀伊國屋書店創業者として知られる田辺茂一(1905〜1981)は、書店経営の傍らギャラリーやホールの開設や文芸誌の刊行などにも尽力し、出版文化の発展に寄与してきた。元編集者で作家の嵐山光三郎氏が彼のもうひとつの“顔”を振り返る。

田辺茂一氏 ©共同通信社

 人が好さそうな丸顔でテレビ番組に出ていた田辺茂一(通称モイチさん)は新宿生まれで新宿育ち。家業は薪炭業だったが文学青年で、新宿に紀伊國屋書店を創業した。

 立川談志や林家三平(初代)を連れて銀座のクラブを飲み廻った。粋人で「夜の市長」と呼ばれ、ズケズケという物言いのなかに、人の急所をつく人情味があり、テレビ人生相談の回答者としても人気が出た。

 高千穂中学(旧制)の同級に舟橋聖一がいて、一緒に回覧雑誌を作った。文芸誌「行動」を発行したり「文芸都市」「文学者」などに金を出して、芸人や芸術家のパトロンであった。新宿紀伊國屋書店の別棟にコーヒーラウンジがあり、詩誌や翻訳新刊が並んでいた。

 夜は紅灯の巷に出没するが、昼は新宿の書店で仕事をしつつ、テレビ出演用の秘書がいた。歌手や俳優としても活躍した。没後の2006年ころには国内外に80店舗ほどの紀伊國屋書店ができた。

 金づかいが荒い「夜の市長」と、「商人の吝嗇」が混在する自己を見つめたモイチ随筆がいいんですね。『浪費の顔』、『六十九の非』、短編集『世話した女』、いずれもズキリと胸を突かれる。

嵐山光三郎氏 ©時事通信社

『六十九の非』に「けさのはなし」がある。テレビ出演のあと、「ラモール」「魔里」「眉」と銀座のクラブを泳いで自宅へ戻った。老齢のひとりぐらしで、線香を取り出して火をつけ、仏壇に手を合わせて拝んだ。「母恋いし」の一念である。書店業をやって、夢は成就した。それが信念である。だけどむなしい。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2023年1月号

genre : ライフ 企業