著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、島尾伸三さん(写真家)です。
大好きなおとうさんが死んじゃったので、とても寂しいです。1986年11月12日に死んだのだから、もう34年も前のことになるのに、あきらめきれないのです。おかあさん、妹マヤ、ぼくを残してどうして消えたのですか。わがままを言って元気に騒いでいたおかあさんは、不満をぶつける相手がいなくなって爆発の回数が激減し、マヤはお父さんを思い出すと悲しみで立っていられなくなりました。ぼくはおとうさんが死んでからも奄美大島の家へ行くと、必ず書庫の整理を続けています。貴重だと思われる本やおとうさんが終生書き続けた日記などは「かごしま近代文学館」が引き受けてくれました。残りの本や書類もきっと役立ててくれそうな公共機関に納めますので、安心してください。おとうさんはいつも胃腸薬をポリポリかじっていたけれど、ぼくは真似してる。
あのね、おとうさん、マヤは病気でやせ細って奄美大島の県病院で2002年に死んじゃったよ。おかあさんだって2007年3月25日に奄美の自宅で死んでいたのを知っていますか。ふたりともおとうさんの所へ行きましたか。
ぼくは、おとうさんが生きていた時も死んでからも、おとうさんが良い仕事ができますようにって毎日お祈りを捧げています。おとうさんはあんなに小説を書く事に夢中になっていたんだもん、小説のことを知らないマヤとぼくにはそれしかできなかったのです。
おとうさんの神戸外大の教え子の人たちの続けていた同人誌『タクラマカン』が今年(2020年)3月に創刊60号で休刊になりました。みなさん高齢で字を読んだり書いたりすることができなくなってきたらしいです。
ぼくは俗世の汚れにまみれているけれど、やさしくて賢い潮田登久子嬢が、登久子さんが産んだマホっていう生意気な女の子が、マホが産んだ番石榴(ばんしろう)という元気な5歳になる男の子が家族としています。幸せです。
あっ、そうそう、おとうさんの弟の義郎(よしろう)さんと、義郎さんの恋人の早苗さんも死んじゃったよ。このふたりは天国へ行けそうもないから、ぼくは地獄で再会できるような気がしています。ぼくは地獄でも役に立てると思うよ。
おとうさん! もし地獄で会えたら助け合おうね。
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source : 文藝春秋 2020年9月号