2カ月におよぶ乗船取材で「商業捕鯨」に迫る
群青の海面に、エメラルドグリーンに発光する影が浮かび上がった。影は、うねりが残る海原を悠々と滑るように進んでいく。1頭のニタリクジラを、第三勇新丸が追走していた。ニタリクジラは、12メートルから13メートルほどに成長する大型のクジラである。
クジラを獲る。その目的をともにする17人の乗組員の緊張と興奮をともなう一体感が船内にいるだけで伝わってきた。第三勇新丸は、クジラを探し、追い、仕留めるためのキャッチャーボートである。シャープな船体のやや前方に設置されたブリッジから、高いマストが突き出る。乗組員たちは、空が白みはじめるやいなや、高さ18メートルのトップマストに上り、クジラを探し求める。第三勇新丸をキャッチャーボートたらしめるのが、船首に設置された捕鯨砲だ。口径75ミリの大砲から重さ45キロの銛(もり)を撃ち込んで、クジラを捕獲するのである。
エメラルドグリーンの影を乗組員は“イロ”と呼ぶ。“イロ”が船首の左前方に見えた。波の音もエンジン音も気にならない。唯一、耳に届くのはトップマストでクジラを見張るボースン(甲板長)の声だけだ。
「スコスロー!(少しゆっくり)」
「ポール、30!(左30度)」
“イロ”までの距離が縮まった。100メートル、いや数十メートルほどか。近い。私にとって14年ぶりとなる、その瞬間を見逃さぬように身を乗り出して目をこらした。
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source : 文藝春秋 2023年4月号