大学に入学したばかりの頃、本屋で何気なく手に取り、読み進めていくうちに心がえぐられるように感じたのが『九十三年』(全3冊、ヴィクトール・ユゴー著、辻昶訳、岩波文庫)でした。
1789年にパリ市民の蜂起によってフランス革命が起こり、絶対王政が倒れます。『九十三年』は、共和国政府が樹立した後の1793年以降のフランスを描いたものです。フランス革命は、近代市民社会への扉を開いた出来事として賛美されますが、その裏側で、陰惨なことが起きた歴史を忘れることはできません。
市民革命に成功し、理想の政府ができたはずなのに、内部で対立が起きてしまう。誰もがお互いを信じられなくなり、残虐な行為がまかり通る。その悲惨な地獄絵図がリアルに描かれています。
私は若い頃から集団心理学に興味を持っていました。一人ひとりは純粋な善意をもっているはずなのに、いざ理想の実現に向けて集団になった時に、すべてが暗転してしまう、ということが往々にしてあります。そんな壮大な社会実験としての歴史を見た気持ちになりました。
善意の裏側には、激しく他者を排除するものがあり、逆に悪意に見えても、大事な人を守るためであったり、人としての情が根底にあったりするものです。何事にも表と裏があり、一面的な見方で人を判断することは戒めるべきであることを、私はこの本で学びました。
同じく大学に入った頃に初めて読んだ『小説十八史略』(1~6、陳舜臣、毎日新聞社)は、いま読み返しても面白く、新たな発見があるものです。
中国の元の時代に編まれた歴史書である『十八史略』は、子供の頃にジュニア版で概略を読んでいました。著者の陳舜臣さんが日本人向けに書いたその小説版を、大学生になって懐かしい思いで開いたのです。
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source : 文藝春秋 2023年5月号