ギフテッドは社会的弱者

変わりゆく日本社会

中野 信子 脳科学者
ライフ 社会
中野信子氏

 ギフテッドを巡る議論はかまびすしい。自分が当事者であるわけでもないのに、ギフテッドを活かす教育体制を整えよ、という声が盛んに聞かれる。その議論の声に比して、当人たちの希望は、大きく聞こえてくる様相にはない。ひょっとしたら、普通に暮らしたい、という願いを持っているのかもしれないところを、なぜか彼らの自発的な声よりも先にまず国のために活かされることが幸せであるはずという前提が無条件に規定されてでもいるかのように話が進められているように見えなくもないが、私の理解不足だろうか。

 有識者の全員が当事者というのであればもちろん私の至らなさを反省しなければならない。とはいえギフテッドを守り、活かせ、と訴えかけるだけで、さも自分がギフテッドになったかのような投影が起こり、全能感を伴う錯覚を得られるのだとしたら、これほどお手軽な快楽装置もないだろう。

 ただ、これに反論することで半ば「非国民」のような扱いを受けるであろうことは天才でなくともすぐに計算できることだ。それゆえ当事者が表立って抗弁することはほぼないと予測される。人と違った能力を持つというだけで社会性という緩やかではあっても抗することの困難な圧に対して身を守るすべを行使することが制限を受け、自由な意思決定が阻害されるというのはなんとも切ない話ではある。

 ギフテッドは超のつくマイノリティで、珍しがられ、最初のうちは羨望のまなざしや憧れを持って受け止められはしても、殆どの人間は本質的には理解できない。これは危険なことなのだ。青い色を見ることの出来ない人に、青とはどういう色なのかをどれほど説明しても、理解されることはほとんどない、といったようなことだ。例えばモンシロチョウは人間よりも短波長の光(紫外線)を見ることができる。モンシロチョウの目には、メスは白く輝いて見え、オスはより暗い色に見えていることが、私たち人間にはわからない。また、人間には見えない花弁の模様も、彼らの目には映り、彼らを誘い込むことも、文献的知識としてしか理解されることはない。断っておきたいが、どちらが優れているのか、あるいは(品のない話だが)利益を産むのかという問題ではなく、ただそういう風に作られている、というだけのことだ。

羨望と憧れと嫉妬と妬み

©iStock

 けれども、言っていることが理解されない、共感もしてもらえないというのは、いざという時のセキュリティが脆弱だということでもある。アポロンに愛されて常人の持たぬ能力を与えられたが、求愛を拒んで誰人にもその言葉を信じてもらえぬよう意趣返しされた悲劇の女カッサンドラの逸話を想起していただければ当たらずといえども遠からずというところではないか。

 なぜ自分らが国のために子どもの頃から管理され、労働させられなければならないのか、人と違うことができるというだけで、余計なお世話だ、という声が、たとえばあったとしよう。そういう声があることさえ、許されないと断罪されかねないのが昨今の世相ではないか。

 人と違う能力を持つだけで、生意気だ、傲慢だと反感を買うばかりではない。そんな声をもし発しようとしたら、その前に計算してしまうだろう。国のために、といかにも本心から言っているように見せておくほうがセキュリティとしてはより強固だろうと。国のために働かされるなぞまっぴらだと思っているなどとすこしでも気取られるようなことがあれば、いつでもその庇護を失い、圧倒的多数の平凡で「善良」な人々の妬みの渦の中に放り込まれ、社会の秩序を維持するための生贄として地獄を見せられるということを。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ライフ 社会