女たちへ

日本人へ 第136回

塩野 七生 作家・在イタリア
ニュース 社会 働き方

 夏というのに世界中で不穏なことばかり起きていて、夏休みどころではないようである。民間の航空機なのに撃墜され、パレスティーナではドンパチがエスカレートする一方。イタリアには、地中海の南岸につらなるイスラム諸国からの不法難民が押し寄せ、その数は七月までに十万人を越え、夏の終わりには二十万にまでなりそう。不安とは形にならない暴力、だとさえ思ってしまう。

 と言ってこれらはまじめに考えても簡単には解決しそうもなく、またそんなことをしていたら夏バテになること必定で、今回は納涼法として軽い話をすることにした。

 安倍首相は日本の女たちの活用に熱心とのことだが、それならばイタリアの首相のレンツィはすでに先行している。彼の内閣では、大臣の半数が女。総じて若くて美人でしかも子持ち。そのほとんど全員が、大臣や副大臣の経験はない。首相のレンツィからして大臣どころか国会議員の経験もなく、前歴はフィレンツェの市長だった男で、この三十九歳が市長時代からのスローガンであった「廃車処分」を、首相になっても続行したからである。言ってみればドラスティックな形での「世代交代」だが、これまでは政界の大物だった人でも故障が多発するようになった今は修理したぐらいではもう役に立たないので廃車処分場行き、というわけ。つまり、事実上の引退宣告である。日本語に直せば、「老害処分」。男女半々というのは内閣に限らず他の公職にも広がっていて、この頃では珍しくもなくなった。

 始めの頃は私は、このやり方に疑いを持っていたのである。逆差別ではないかと思ったからだ。だがこの頃では、これも「有り」ではないかと考えるようになっている。というのはまず第一に、無理矢理にしろ、女たちにはその才能を発揮する機会を与えたこと。そして第二は、この方式も半年を過ぎた今となると、登用された女たちの中での優劣が明らかになることである。要職に就いているからには、カメラのフラッシュを常に向けられその前で話さねばならない。これで明らかになってしまう。政治家である以上は考えているだけでは不充分で、その考えを伝達する能力が求められる。いかに学生時代は優等生でも、それがイコール優れた政治家、とはかぎらないのだ。

 それでも首相レンツィの強引なやり方は、一応の成果はあげたと言えるだろう。女大臣たちの三分の一は「デキル」ことを示したし、次の三分の一は、男であってもあの程度はやれたと思える成果。最後の三分の一だが、これはもう若くても廃車処分にするしかないのが明白になったのだから。男女の完全な均等とは、実のところは厳しく苛酷な制度なのである。

 女の活用は大臣などの要職以外にも広まっていかないとほんとうの意味での活用にはならないのでそちらの方面に話を進めるが、それに際してわれわれ女たちはある一事をまじめに考えてみる必要がある。これまで長く女たちが活用されてこなかったのは、男たちが妨害したからか。それともわれわれ女の側に、戦略が欠けていたからか。つまり「男社会」と叫ぶだけで、われわれ女の無策による責任を転嫁してきはしなかったか。なにしろ男女同等を叫ぶこと七十年である。企業でも七十年も成果を出せなければ経営陣はクビだが、フェミニズムの世界ではこの原理は通用しないらしい。これって、普通に考えてもオカシクないですか。

 男女間の格差は存在しない組織の一つとされてきた大新聞では、入社時に女の記者は、男と同等の仕事をするよう言われるのだという。こう言われて女記者たちはふるい立つらしいけれど、私ならばバカねえあんたたちも、と言うだろう。入社時の幹部の言は、無意識にしろ男たちの仕掛けた「罠」なのだ。無意識とするのは意識するほど男たちは頭が良くないからだが、大新聞となれば男社会だろう。男社会であるからには先行しているのは男たちであり、その男と同等の仕事をするということは、常に男の後を追っていくことになる。入社から停年退職までの間ずっと、後を追うことだけにエネルギーを費やすわけだ。実際これまでに、男を越えた仕事をした女記者はいたであろうか。男を越える仕事をして始めて、自分の才能を十全に発揮できると同時に、機会を与えてくれた組織へのお返しができるのに。

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source : 文藝春秋 2014年9月号

genre : ニュース 社会 働き方