この夏を忘れさせてくれた一冊の本

日本人へ 第137回

塩野 七生 作家・在イタリア
ニュース 社会 国際 読書

 まったく今年の夏は、気候変動から始まってあらゆる不祥事が世界中で起ってくれた夏だった。

 南国イタリアというのに北伊では雨が降りつづき、南伊は太陽が照りつける夏らしい夏だったが、こちらには地中海の南側からボロ舟に乗って押し寄せる不法難民が、まだ夏も終わっていないのに十万人を越える始末。ウクライナでは、親露と反露の間での腕相撲があいかわらず。あいかわらずなのは、イスラエルとパレスティーナの間のドンパチも同じ。そのうえ、中近東と中東と北アフリカのイスラム世界全体に、超とつくほどのイスラム原理主義が台頭し、そこに長く住んでいたキリスト教徒を追い払うに留まらず、取材中のアメリカ人の記者を捕えてその首をかっ切るという蛮行に及んで、世界中の心ある人々は凍りついたのだった。中世に逆もどりしたのか、と。まったく、私が八年前に書いた『ローマ亡き後の地中海世界』の一千年昔がもどってきたかのようである。

 では、日本だけは嵐の外かと言うとそうではない。広島・長崎への原子爆弾投下に敗戦記念日と日本でも重要事は八月に集中しているが、今年はそれに加えて朝日新聞までが慰安婦問題の総括までしてくれる始末。何だか、週刊誌が特大号で一週間が開く時期を狙ったのかと思ってしまう。そのうえ広島県では大雨による土砂崩れで、多くの人命が失われたと、不幸な事件が起らないかぎり日本のことなどは報じないイタリアのテレビでも言っていた。

 こんな具合で大事件が集中したのが今年の夏だったが、これらの諸問題をまじめに考えているばかりでは、精神面に悪い影響をもたらす怖れがある。白髪が増えるのはオバマにまかせておいて、権力も決定権も持たないわれわれは何か他に精神の安定に役立つものを見つけたほうがよいと思っていた私だが、そこで出会ったのが次の一冊だった。

 タイトルは、『「ニッポン社会」入門』。サブタイトルには、「英国人記者の抱腹レポート」とある。著者は「デイリー・テレグラフ」の東京特派員で、名はコリン・ジョイス。出版元はNHK出版で、そこの生活人新書の中の一冊。そして、著者と一体化したのではないかと思うほど見事な日本語に訳した人は、谷岡健彦。

「抱腹レポート」というのも、誇大広告ではまったくない。帯に記された、「日本で暮らすなら、これだけは覚えておこう。」という部分を読むだけでも笑ってしまう。

 〇歌舞伎は歌舞伎町ではやっていない。

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source : 文藝春秋 2014年10月号

genre : ニュース 社会 国際 読書