中国は、国際社会のプレイヤーとして、重要な位置を占めている。GDPは世界第2位で、鈍化したとはいえ、経済成長が続いている。8月末から国際的に株価が低迷しているが、これも中国の景気後退が原因だ。中長期的に見て、国際経済における中国の比重がより高まることは確実だ。中国は軍事大国でもある。9月3日、北京で行われた「抗日戦争勝利70周年」の軍事パレードは、あの国の自己主張が軍事面においても強化されつつあることを可視化した。
中国が大国として強化されること自体は、そのマーケットから恩恵を受けるので、日本にとって悪いことではない。問題は、中国が国際社会で主流となっている既存の「ゲームのルール」について、欧米や日本などの先進国が一方的に構築したものなので、それに従う必要はないと考えていることだ。そして、熟慮された体系的戦略ではなく、場当たり的な思いつきで、中国が帝国主義的な国益増大を図っていることだ。帝国主義国は、まず、相手国の立場を考えずに自国の主張を最大限に行う。相手国が抵抗せず、国際社会も沈黙しているならば、帝国主義国は権益を拡大する。相手国が必死になって抵抗し、国際社会も「いくら何でもやり過ぎだ」という反応をすると、帝国主義国は譲歩し、国際協調に転じる。これは帝国主義国が、心を入れ替えたからではない。これ以上、ごり押しをすると国際社会の反発が大きくなり、結果として自国が損をするという冷静な計算に基づいて譲歩するのである。そして、ふたたび自国の権益を拡大する機会を虎視眈々と狙うのである。中国の場合、相手国が必死になって抵抗し、国際社会の顰蹙を買っても、なかなかごり押しをやめない。南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島のファイアリークロス(永暑)礁での軍事基地建設、日本領の尖閣諸島領海への中国公船の侵入などの乱暴な行為を、関係国が激しく抵抗し、国際社会も非難しているのに中国は強行している。このような中国の夜郎自大な行動の背景にある内在的論理をつかむ必要がある。
「抗日」が基本原理
中国は、経済的には国家資本主義国である。しかし、政治的には共産党が指導的位置をしめており、国家指導部が国民の民主的選挙によって選ばれる体制ではない。中国の特徴は、この共産党体制にある。天安門広場に現在も毛沢東の肖像画が掲げられていることが、この国の特異性を表している。従って、毛沢東思想から中国の帝国主義的発想を抽出することが可能だ。毛沢東には数多くの著作があるが、『毛主席(毛沢東)語録』にその思想が凝縮されている。『毛沢東語録』は、1960年代半ばから70年代にかけて、日本でも文化大革命にあこがれた左翼にとって聖典だった。
まず注目されるのは、毛沢東が「抗日」を中華人民共和国の基本原理であると規定していることだ。
〈国際主義者である共産党員が、同時に愛国主義者でありうるか。われわれは、ありうるばかりでなく、そうあるべきだと考える。愛国主義の具体的内容は、いかなる歴史的条件のもとにあるかによって決まる。日本侵略者やヒトラーの「愛国主義」もあれば、われわれの愛国主義もある。日本侵略者やヒトラーのいわゆる「愛国主義」にたいしては、共産党は断固反対しなければならない。(中略)……なぜならば、日本侵略者とヒトラーの戦争は、世界の人民をそこなうばかりでなく、自国の人民をもそこなっているからだ。中国の状況はちがう。中国は侵略されている国家である。したがって、中国共産党員は愛国主義と国際主義を結びつけなければならない。われわれは国際主義者であると同時に愛国主義者である。われわれのスローガンは、祖国をまもり侵略者に反対するため戦え、ということである。われわれにとって、敗北主義は罪悪であり、抗日の勝利をかちとる責務は、他人に依頼できない。なぜなら、祖国をまもるために戦ってこそ、侵略者をうちやぶることができ、民族の解放をかちとることができるからである。/「民族戦争における中国共産党の地位」(1938年10月)〉
毛沢東は、階級よりも民族を重視しているのである。習近平体制の中国も「抗日戦争勝利70周年」の機会に「中国の愛国主義は善い」「日本の愛国主義は悪い」というシンボル操作を行っている。政治について、毛沢東は、カール・シュミット流の敵と味方の二分法を採用し、〈敵と味方をはっきり区別する。敵対的な立場にたち、敵に対処する態度をもって同志に対処してはならない。かならず、全身の熱情をもって、人民の事業をまもり人民の自覚をたかめる態度で話すべきであって、嘲笑と攻撃の態度で話してはならない。/「中国共産党全国宣伝活動会議における講話」(1957年3月12日)〉と強調している。まず、敵と味方の線引きをする。そして、敵が行うことはすべて悪で、味方は善であると決めつける。民主主義社会では、自由な討議によって、相互の歩み寄りを探る手続きが重要になるが、毛沢東は民主主義に対して、冷笑的な評価をしている。
〈理論上、極端な民主化の根源を除去すべきである。はじめに指摘しなければならないのは、極端な民主化の危険は党の組織を傷つけて、ついには完全に破壊し、党の戦闘力を弱めて、ついには完全に滅ぼし、党に闘争の責任をになう力がないようにし、それによって革命の敗北をもたらすということである。つぎに指摘しなければならないのは、極端な民主化の根源は小ブルジョア階級の自由散漫性にあるということである。こうした自由散漫性が党内にもちこまれると、政治上・組織上の極端な民主化の思想になる。この思想は、プロレタリア階級の闘争任務とは根本的にあいいれないものである。/「党内の誤った思想をただす問題について」(1929年12月)〉
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source : 文藝春秋 2015年10月号