著者のこだわり

日本人へ 第163回

塩野 七生 作家・在イタリア
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 ついに脱稿。とはいえ昨年から始めていた『ギリシア人の物語』三部作の二巻目を書き終えたにすぎないのだが、私の場合は、脱稿後に感じる想いは、書き終えたというより、わかった、という想いのほうが強い。あら、わからないで書いていたんですか、と言われそうだが、それには少しばかり説明が必要になる。

 あるときのインタビューで、「学者たちとあなたではどこがちがうのか」と問われたことがある。それに私は、こう答えた。

「その面の専門家である学者たちは、知っていることを書いているのです。専門家ではない私は、知りたいと思っていることを書いている。だから、書き終えて始めて、わかった、と思えるんですね」

 もちろんそれなりの勉強は、書き始める前に済ませてある。ただ、いかに著名な歴史家の叙述でも世界的な権威の意見でも、それに捕われたくないだけなのだ。

 この三部作を書きたくなった動機は二つあって、第一は古代のギリシア人をわかりたいと思ったこと。第二は、彼らの創造した政体である民主政が、なぜある時代には機能し、なぜある時期からは機能しなくなったのかを、わかりたいと思ったこと。

 これまでの定説では、前者は「デモクラツィア」(民主政)、後者は「デマゴジア」(衆愚政)と簡単に片づけてきた。なにしろ日本の辞書では「衆愚政」を、愚か者たちによる政治、としか説明していないのだから。だが、学校での出来がはなはだ悪かった私は、何であろうと馬鹿馬鹿しいくらいに素朴な疑問からスタートする癖がある。

 アテネの民主政と衆愚政の境い目は大政治家であったペリクレスの死、というのも定説になっているのだが、ペリクレスが死んだとたんにアテネの民衆が愚か者に一変した、というわけもないでしょうと考えたのだった。一夜明けたらアテネ人の全員がバカになっていた、というようなことは起りえないのだから。

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source : 文藝春秋 2016年12月号

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