革新と憎悪

今月買った本

橘 玲 作家
エンタメ 読書

 質問に対して人間のような自然な回答をするAI(人工知能)が話題になっている。いずれデジタル世界では、対話の相手が人間なのか機械なのか区別できなくなるだろう。『リアリティ+』は、「現実(実在)」の概念が大きく書き換えられつつあることを気鋭の哲学者が論じる。その結論は、「統計的には、わたしたちはシミュレーションのなかで生きている」という驚くべきものだ。

「世界を変える」と叫ぶ者は多いが、それらはみなたんなる比喩、あるいは勘違いにすぎない。(おそらく)唯一の例外はブロックチェーンで、『イーサリアム』はリバタリアン(自由原理主義者)でもある若き天才プログラマーが、このイノベーションを駆使して国家や企業を不要にし、世界を最適デザインする構想を語る。

 知識社会が高度化するにつれて、そこから脱落する者たちの不満が高まっていく。これはポピュリズムの問題とされるが、「歴史の終わり」で知られるフクヤマは『リベラリズムへの不満』で、あらゆる「構造的差別」の解消を求める「左派(レフト)」の過激な平等主義こそがリベラリズムを攻撃していると述べる。

 ヘイト(憎悪)とは、正義を振りかざして他者を攻撃し、その存在そのものを抹消しようとすることだ。『憎悪の科学』は、同性愛者との理由でヘイトの暴力を体験し、のちに専門家となって憎悪犯罪を研究するようになった著者の集大成。脳科学は、ヒトがごく自然に「俺たち」と「奴ら」を分断し、「奴ら」を人間扱いしないことを明らかにした。わたしたちはこの「進化の圧力」に抗することができるだろうか。

 移民や外国系市民などが、自らのアイデンティティを確認するために歴史問題で過激化することを「遠距離ナショナリズム」という。『犠牲者意識ナショナリズム』は韓国の歴史家が、自分たちこそが「真の犠牲者」だとする歴史意識を論じる。原爆体験についての日本人の態度はその典型との指摘には反発もあるだろうが、自国(韓国)に対しても容赦なく批判しており、きわめて刺激的。今後、歴史問題を語るときの必読文献になるのは間違いないだろう。

 犠牲者意識は、国と国との対立を生むだけではない。母親が娘を医師にしようと強要し、地元の医大を9浪した末に娘は母親を殺してしまう。『母という呪縛 娘という牢獄』は「毒親」の話として読まれているようだが、母親も自分が娘の「犠牲者」だと思っていたことに、この特異な母子関係の悲劇があるのだろう。

 北朝鮮は世界の最貧国だが、核兵器を開発し、次々とミサイルを打ち上げるテクノロジー国家でもある。異形の独裁国家が養成したハッカー集団の秘密に迫った『ラザルス』は、彼らが金正恩が殺されるコメディ映画を配給したハリウッドの映画会社をシステムダウンさせ、バングラデシュ中央銀行から10億ドルを収奪しようとしたという。

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source : 文藝春秋 2023年8月号

genre : エンタメ 読書