当事者の手記を読み、話に耳を傾けてわかった認知症のリアル
「ねえ、私を外に連れてって」
今から数年前だ。島根県出雲市の「小山(おやま)のおうち」という重度認知症デイケア施設にいた利用者の敬子さん(仮名、以下同じ)から、いきなりこう言われた。普段の彼女は呼びかけにも反応せず、表情に変化もないから「何もわからなくなった」と思っていた私は驚いた。
5分も記憶を保持できないが、一日かけて向き合うと、それ以外にも、わずかではあるが会話ができた。
「息子のお嫁さんがやさしいの。親切でいいお嫁さん。大好きなの。(私を)怒らないしね……旦那や息子は私のこと、怒ってばかりよ。どうして怒るのかしら」
「つらいですね」と私が言うと、
「そんなときは自転車で(出雲)大社さんに行くの……。風が気持ちいいの。嫌なことはみんな忘れるから……。あら、私の自転車はどこ?」
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source : 文藝春秋 2023年8月号