「内館さんは脳の前頭前野にいいことを、何かやっていますね?」
今から20年ほど前、加齢医学研究で名高い川島隆太東北大教授の言葉だ。
川島教授は認知機能の低下を防ぐには、また罹患の認知症を少しでも改善するには、前頭前野の訓練がいいとする理論を発表。それは生活に取り入れやすい訓練であり、大きな話題になった。私は対談でお会いしたのだが(『おしゃれに。女』潮出版社所収)、今も「ちょっとのストレス」という言葉を思い出す。
川島理論の前頭前野の訓練は簡単で、毎日5分間、「音読」を続けるだけだ。人間の脳は「文字を音にする」という作業をとても喜ぶそうで、非常に血流がふえるという。川島教授は「音読は脳の全身運動」と言っていいと断じた。音読する文章は、夏目漱石や芥川龍之介ら近代文学が最もリズムがいいそうだ。むろん、新聞や雑誌でもいい。
教授たちのチームでは、老人介護施設や高齢化の進む町に、訓練への協力をお願いした。一例として福岡県の介護施設では、77歳から98歳までの44人に、音読と一桁の単純計算を毎日15分やってもらった。
結果、医学の専門家が驚く効果が出て、最も顕著な例では1か月の学習でオムツが取れた。寝たきりの2~3割に、2か月ほどで排泄の自立が起きた。前頭前野の能力が高まった結果だという。
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source : 文藝春秋 2023年7月号