《「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」》
この一文で始まる『成瀬は天下を取りにいく』は中二女子の青春小説。同じマンションに住む幼なじみ島崎みゆきの視点で、非凡の傑物成瀬あかりの姿が描かれます。
成瀬は素直で真っ直ぐすぎる性格ゆえ、集団生活の中で浮いているのですが、何も意に介さず巨大シャボン玉作りを極めたり、地元デパート西武の閉店を惜しみ、1カ月間毎日西武ライオンズのユニフォームを着てローカル情報番組のカメラに映り込もうとしたり。訥々とした口調も含め存在感は唯一無二。磨かなくても内側から発光しているのがわかる、ダイヤの原石みたいな子です。
親友島崎はそんな成瀬に惹かれるままに彼女とつき合う。自らを凡人と認識する島崎ですが、実は周りのクラスメイトは破天荒な成瀬と対等に付き合える島崎の方に一目置いていたりする。島崎の器があっての成瀬、という関係性にぐっとくるのです。学生のバディもの、へっぽこ青春ものは数あれど、女子が主人公のものって実はそうそうなかったのでは?
新時代の到来か。成瀬は彗星のごとく私たちの前に現れた。そうそう、こういうのが読みたかったよ! と、開いた本をぎゅっと握りしめました。
琵琶湖の景色、水面のきらめきが彼女たちの生き方に重なります。人間力、感性の豊かさ、清々しさにフォーカスが絞られていく。舞台の滋賀、大津の街の描写も面白い。坂道、小中学校、商店街、ショッピングモールなど、どこにでもありそうなものと、他のどこにもない巨大な湖、琵琶湖を望む景観とが溶け合う。おっちょこちょいと言われようとも、成瀬と島崎の歩いた道を探しに出かけたくてたまりません。大津探検、そして観光船ミシガンへ。
気になっていたものの手に取るタイミングを逃し、ある日、文庫になって書店で再会する。そんな本が私にはいくつもあります。ネット通販で買うより、書店巡りが圧倒的に好きなのは、このパトロールそのものがおもしろいと思うから。本たちが口々に「文庫になったよ~」「私のこと思い出して~」って話しかけてくるような気がするのです。
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source : 文藝春秋 2023年7月号