本の本筋とは別に、読み終えたあと心に残る言葉がある。感動する、感銘を受ける、というより、著者の生の気持ちがポロッと出たようなフレーズの方が、私は心に残りやすい。その人の個性が何気なく伝わってくる感じがするからだ。
宮尾登美子『生きてゆく力』は宮尾さんのエッセイ集だが、そこで心に残ったのは宇野千代さんの着物に関する思い出を著者が語ったこの言葉。「私は派手好きで、すぐ華やかなものに手が伸びるのを、そのたび宇野さんは、「年相応に」とこんこん説教なさり、ご自分の好みのものと取替えてしまわれる。あら先生ご自身は、いつも派手な桜なのに、と思いつつもお言葉に従うのだけれど、このなかには、いまだにいささか地味すぎて手の通せぬものもある」とのことで、なんで自分は派手なくせにあなたより若い私に地味にしろっていうの、という、ちょっと憤慨する著者の気持ちが出てて面白い。
田辺聖子『女のイイ顔』もエッセイ集なのだが、そのなかで田辺さんは中年以降の“ヨタ”の在り方について書いている。“ヨタ”とは適当に、自分の気やすめのために頑張ることだ。特に美容やおしゃれは若いときのように結果を出そうと“ムキ”になるのではなく“ヨタ”でいい、と書いている。「好き好きで「ヨタ」をやってりゃ、いいじゃないか。「ヨタ」をでたらめとか、くだらないおふざけ、と解するだけでは意味がせまい。もっと真剣なるものである。真剣に「ヨタ」るべきである。それだけの蓄積が女にも出来てゆくのだ」。カッコイー、て感じである。確かに加齢と共にどんどん皺もできて痩せにくくなるのに、とにかく結果にコミットし続けたら、ツラくなるに決まってる。真剣にヨタることは確かに長い人生をどれだけ楽しめるかに切実に関わっている。
李家幽竹さんの『おそうじ風水』からは、着なかった服をどうするかという問いに対しての、こんなお言葉。「3年間着ることがなかった洋服には、布としての運がすでにありません」。布としての運! 布にも運があるのか。ずっとスタンバってたのに、ぴかぴかのまま3年間着てもらえなくて凹んでる服、いやツイてない布……。かわいそうすぎる! 買った服はちゃんと着ようと思わされるフレーズだった。
『辛酸なめ子、スピ旅に出る』では新生姜の健康効果についての説明箇所にこんな付け足しが。「あとは精力増強もあるのかも、と、うすピンク色で筋のようなものが浮き出た生姜オブジェを見て思いました」。東京タワーのマスコットを見たときに似たようなことを感じたので感慨深かった。
『小説家としての生き方100箇条』は小説家としての吉本ばななさんの生きる流儀を書いた本だ。小説の枠を飛び越えて人生全体の生き方について書かれたこちら。「ただ、痩せ我慢は大事。痩せ我慢って、現代の地球から消えそうな感覚だから。少しだけ残してほしい感覚」。弱音を吐く正当性が認められやすい世の中になってきた分、確かに痩せ我慢、痩せ我慢を美徳とする風潮は減ってきている。無理は禁物、だけど痩せ我慢で平気なフリしてる人というのは、気高くて、でもどこか面白みのある人間くさい存在だなと思う。他人のためにも自分のためにも、ちょっと無理してでもキャラを守る人間は魅力的だ。
『知らなきゃよかった!本当に怖い都市伝説』は、夏の暑さを吹っ飛ばす、怖くていかがわしい話に触れたくて読んだ。都市伝説は陰謀論とフィールドが微妙に被っているところもあり、コロナ後からはガチで信じてる人と、いかがわしいって気づいたからこそ好きな人の境目が微妙になりつつある。私は都市伝説や世界の闇、幽霊話、学校の怪談、心霊写真の本などを読むのがずっと好きだが、「いい年してまだこんなん読んでんの」と周りに普通に笑い飛ばされてた日を懐かしく感じる。本書では手まり歌「あんたがたどこさ」に関する不気味な考察がヒヤッとした。
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source : 文藝春秋 2023年9月号