サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します
この夏、科学の世界の話題をさらったのは、LK-99なる物質であった。7月22日、韓国の研究者チームによる論文で、この物質は摂氏127度でも超伝導性を示すと発表されたのだ。
超伝導とは、物質の電気抵抗が全くゼロになってしまう現象を指す。大規模に実用化できれば、送電ロスの回避、量子コンピュータやリニアモーターカーなど、画期的な技術の実現に結びつく。いまだ解明されていない部分が多い現象でもあるから、超伝導研究は物理学の中でも花形中の花形だ。ただしそのネックは、超伝導は一般に超低温でのみ起こるという点にある。これまで常圧下の条件では、マイナス138度で超伝導となる物質が、長らく最高記録を保持してきた。
LK-99はこの記録を大幅に上回り、室温どころか水の沸点さえ超える温度で超伝導を保つとされた。しかも鉛や銅、リンなど安価な元素で構成され、合成も比較的簡便ときているのだから、実用化されれば世界がひっくり返るような発明となる。
だが科学界がこの発見を興奮と称賛で迎えたかといえば、決してそうではない。超伝導研究の世界では、他の研究者による再現実験がうまくいかず、幻に終わったものは数知れずだし、捏造事件さえも幾度か起きている。というわけで、またこの手の騒ぎが始まったかと、冷ややかに眺める向きも少なくなかったのだ。
論文の発表と同時に、世界の研究者は再現実験に動き出し、部分的成功の報告もなされた。理論面からの検討も行われ、超伝導になりうるという結果も発表される。こうした動きを受けて超伝導関連企業の株価が急騰するなど、影響は経済界にまで及んだ。
だがその後、世界中で行われた実験でも、完全な再現に成功した例は出てこなかった。やがて、元の論文は共著者の許可を得ずに勝手に発表されたものであるとか、きな臭い話さえ出始める。そして8月16日、ネイチャー誌は各研究所の再現実験結果をまとめ、「LK-99は超伝導体ではない」とはっきり結論づける記事を掲載した。常温超伝導の夢は、一月ももたずに幻と消えたのだ。
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