眼病の棟方志功眼を剝きて猛然と彫るよ森羅万象──。谷崎潤一郎が棟方について詠んだ歌である。凄まじい魂の源を追った。
「故郷は永遠の片思い」 文=石井頼子
「青森の版画が日本の版画になり、世界に広がっていく」棟方志功は記録映画の中でこう語っている。「版画」を「棟方」に置き換えても良い。棟方の発想の中に東京や他の地名はない。「青森の鍛冶屋の息子の棟方志功」であることを誇りとし、根源としての青森を愛してやまなかった。
「絵馬鹿」と呼ばれるほど写生に夢中になった青年時代があった。なりふり構わず、来る日も来る日も自然の姿を描き続けたおかげで、身体の中にそれらがしっかりと刻み付けられた。いわば歩く図鑑、素材集のようなものである。版画家となってからもモチーフに困ることなく一生過ごすことが出来たのは、ひとえに「絵馬鹿」時代の研鑽あってのことであった。
山なら八甲田に岩木山。海の色は深い青。雪に閉ざされた冬の白と黒のコントラスト。一斉に花開く春の賑やかさ、ねぷたの夏の極彩色と際立って短い秋の鮮やかさ。美しくも厳しい自然が棟方の心の奥底に深い「祈り」の世界を生み出した。画家棟方志功の本質は、青森の自然が育てたと言っても過言ではないだろう。
絵仲間と夢と文化を語り合い、心優しき人々のおかげで上京も果たした。もとより父母への想いは誰よりも強い。八甲田山には鹿内仙人、弘前には親友も居る。それなのに何故、と思うが、戦争末期、戦禍を逃れる疎開地に、棟方は青森を選ばず富山に向かった。結果としてこの選択は棟方にとって非常に実り多いものとなり、その後の棟方が世界に羽ばたく基盤ともなったが、何故に、の疑問は残る。それに対し棟方は「故郷にみじめな姿は晒したくなかった」と短く語っている。
愛してやまない故郷ではあるが、甘えが許されるばかりの土地ではない。永遠の片思い。それが棟方と青森の関係性であり、だからこそ故郷を想う作品はいずれもどこか切なく、見るものの心を打つのだろうと私は思う。
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source : 文藝春秋 2023年11月号