坂本竜馬が生きていたら、明治維新はどうなっていたか?
老いも、悪いことばかり運んでくるとはかぎらない。プラスの一つには、若い頃に一読した本でも再読の時間を与えられることも入る。今年の春のローマは常になく雨が多く、そのうえ肌寒い日がつづいたこともあって、『竜馬がゆく』と『翔ぶが如く』を読み終えてしまった。文庫本で、二作の合計一八巻。それで、司馬遼太郎の代表作としてもよいこの二作品の再読感を二回にわたって書いてみたい。ただし、この二作で描かれている幕末・維新の専門家ではない者の、私的感想にすぎないと断わったうえで。
『竜馬がゆく』の主人公は坂本竜馬。その一〇年後に書かれた『翔ぶが如く』の主人公は、西郷隆盛と大久保利通。この二作を簡単に言ってしまえば、『竜馬がゆく』はアイデアは持っていてもそれを実現するには不可欠の権力は持っていなかった若者の「労」を描いた作品であり、『翔ぶが如く』のほうは権力ならば持っていた壮年の男二人の「労」と「苦」を描いた作品と、私は読んだのだった。征韓論に敗れて下野した後の西郷は権力者ではない、と言われるかもしれないが、とんでもない。政府内での地位を捨てて故郷の鹿児島に帰った西郷には、あい変らず人望がついてまわる。人望も、使いようによっては、とつけ加えたいくらいに両刃の剣でもある以上は権力になる。で、まずは『竜馬がゆく』への感想から。
坂本竜馬は人好きのする男だったと思う。女にモテただけでなく、何よりも男たちにモテたということで。率直で大様(おおよう)で明るくて、年長の権力者たちにしてみれば、部下に持つには理想的な若者ではなかったか。竜馬の考えたことならばその実現に力を貸したい、と思わせるような。『竜馬がゆく』を読んでいる間中私の想いは共感の連続で、気分も良かったのも当り前。脱藩まではしなかったが、私もまた組織に属したことは一度としてなく、自らの考えを現実化するにはそれをできる力と地位を持つ人を動かす必要があった点では、ちょっとばかりにしろ竜馬に似ていたのだから。だがその想いも、この作品も終り近くになると変わってくる。と言うより、若い頃に読んだときには読み過ごしたところが、読み過ごせなくなったのだ。それは、竜馬が作成したという、「新政府役人表」なるものを読んだときからである。その部分を『竜馬がゆく』から引用する。
関白──三条実美(さねとみ、副関白として徳川慶喜)
議奏──島津久光(薩)、毛利敬親(たかちか)(長)、松平春嶽(越前)、鍋島閑叟(かんそう)(肥前)、ほか藩主二人、岩倉具視を含め公卿が三人
参議──西郷隆盛(薩)、大久保利通(薩)、木戸孝允(長)、後藤象二郎(土)、ほか五人
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