著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、秋元才加さん(俳優・タレント)です。
幼少期を思い返しても、母に遊んでもらった記憶はほとんどない。専業主夫だった父との記憶の方が遥かにある。かろうじてあるのは、家族で行く週末のフリーマーケットと、母が休みの日に家族全員で強制的に観させられる、テレビの映画ロードショーくらいだ。
母はフィリピン人で、私が物心付いた頃からショーパブの雇われママをやっていた。私とは真逆の生活で、学校に行くまでの朝、彼女の寝ている顔しか思い出せない。学校から帰宅すると、夕方から母は出勤の準備をする。バタバタと身支度をし、母はいつも綺麗だったが、ゆっくり話す時間などなかった。
正直、母の事はよく分からない。お互いを理解出来るよう努力しているつもりだが、母の母語はタガログ語。第二言語でやりとりしているからなのか、母という人間がぼんやりとしか見えてこない。話が百パーセント通じる事はほぼないので、諦念にも似た「はなから人に期待しない」というマインドが、幼い頃から身についた。
母は、謝らない。父と喧嘩をしても、謝る姿を見た事がない。その代わりに、静かに涙を流す。謝ればいいのに、歯を食いしばって泣いている。この人は謝ったら死んでしまう呪いでもかけられているのだろうか? 彼女を横目に、私はいつも思っていた。
母は、どうにもならない時でも明るい。その無責任な明るさに時に苛立つ私だが、度々その無責任さに救われている。三谷幸喜さんの舞台に初めて立つ日。開演前、私は泣きそうな声で母に電話したらしい。「もうダメだ。失敗したらどうしよう」。母は「ケセラセラよ! 大丈夫大丈夫!」。南国出身ゆえの明るさなのだろう。電話した事すら忘れていたが、たまに「昔は、不安になるとよく電話してきたのに」と、少し寂しそうに言う。
母は、いつもフィリピンの友人を引き連れている。会う約束をすると、知らない誰かが、必ずいる。その人の分まで食事代を払う事になる。何度やめてくれと言っても、やめない。いつだって母に悪気は無い。
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