佳子さまの一言に励まされた
(山岸一男さんが登場したグラビア「日本の顔」もぜひご覧下さい)
300年の伝統を誇る輪島塗の装飾技法「沈金(ちんきん)」の歴史に、新たな扉を開いたのが重要無形文化財保持者(人間国宝)の山岸一男氏(70)だ。金だけでなく、赤や緑の色漆を用いた「漆象嵌(うるしぞうがん)」と呼ばれる独自の技法を生み出したほか、貝を埋め込む「螺鈿(らでん)」の技術も交えた作品に挑戦するなど、前例にとらわれない創作活動に取り組んできた。
今年の元日、私は輪島市の自宅2階にある工房で仕事をしていました。漆の作品は温度と湿度を厳密に管理する必要があり、365日、休みはありません。作品の状態を見ながら、ある作家さんの作品集に載せる推薦文を書くため、座布団に座り万年筆を握っていたのです。
午後4時10分。突然、凄まじい揺れが起こりました。座布団が勢いよく畳の上を滑り、私は仕事机の角に激突。この時の衝撃で左肩を骨折してしまいました。気を失っていたのでしょう。直後の記憶はハッキリしませんが、天井に吊り下げていた蛍光灯が落下して頭を直撃。ハッと意識が戻りました。すると、同居する息子の妻が「お義父さん、早く逃げなきゃ!」と助けに来てくれたのです。
慌てて階段を降りると、大津波警報が鳴り響きました。靴を履く暇もなくサンダル履きで外に出ると、広がっていたのは、まさに地獄絵図のような光景でした。地割れした道路がパクパクと開閉するように動き、液状化現象でマンホールはキノコのように隆起。建物はあちこちで倒れ、近所の銭湯の煙突はギーッと音を立てながら横倒しになりました。
家族と共に必死で山の方に走り、航空自衛隊の輪島分屯基地の横にある一本松公園に避難しました。ここは、春は桜が満開で、秋には紅葉で彩られる自然豊かな公園。私は朝方に散歩をして作品の構想を練るのが日課です。
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source : 文藝春秋 2024年11月号