【イベントレポート】人材エージェントサミット2024 エージェント・サバイバル 「衰退」か、それとも「再生」か、生成AIがもたらす“エージェント戦国時代”の幕開け

急速に進化するAIは今後、多くの職業で人に取って代わるようになるとされ、HR領域もその影響は避けられない。「人材エージェントサミット」は、「採用100年史から読む 人材業界の未来シナリオ」共著者の黒田真行氏、「人を選ぶ技術」著者の小野壮彦氏を招いて、AI時代の人材紹介業界の行方を考察。AIが求職者と企業を効率的にマッチングすれば、人の手によるエージェントのサービスは、量の勝負ではAIに及ばないので、その質の価値に生き残りをかけることになると予想した。本サミットに協賛したAIベンチャーのオルツも、エージェントの質の高い人材紹介業務が、自社の成長に欠かせないと期待。その実現のために、エージェントと協業する「AXエージェントチーム」の立ち上げを発表した。

■オープニングスピーチ

オルツが描く「生成AI」戦略ストーリーと求める人材像

株式会社オルツ
CEO
米倉 千貴

1999年大学在学中より株式会社メディアドゥ(現在は東証一部)に参加し、2001年に取締役就任。2004年に独立。独立後2年で年収3億円を個人で達成。2006年に株式会社未来少年を起業し、年商15億円まで成長させた後、2014年に全事業をバイアウトする。2014年11月 株式会社オルツを創業、現在に至る。事業開発・プロダクト開発を主に主導する。

ユーザーのデバイス等に蓄積されたデータを基に、その人の人格や記憶、スキルを持ったデジタルクローン「パーソナルAI(P.A.I.)」を1人に1つ作成することで、本人だけでなくパーソナルAIも働いて報酬を得られる——。そんな未来世界を目指しているのがAIベンチャーのオルツだ。「全人類のパーソナルAIを作れば、デジタル上に“もう一つの地球”ができ上がり、あらゆるシミュレーションが可能になる。これが人を非効率な作業から解放し、既存の産業をディスラプトすることにつながっていく」(米倉千貴氏)。
この構想の実現に向けて、米倉氏は2024年10月に東証グロース市場に上場したオルツを「5年後に時価総額を今の20倍の1兆円にする」と公言。AIがディスラプトする産業に詳しいリーダー人材や、パーソナルAIの実現の道筋を見通せる開発の旗手の採用を急いでいる。

オルツの社員は、その採用ルートを見ると、リファラル(社員紹介)採用が4割弱で最多となっている。それに次ぐのが人材紹介会社からの紹介で2割強を占めるが、社内で高評価を得ている人材の割合は、他のルートに比べて低い傾向があるという。米倉氏は「人材エージェント側と我々との間で、求める人材像の共有が十分にできていない可能性がある。エージェントと密なコミュニケーションをとり、我々の経営・組織・人材戦略について理解を深めてもらえる関係の構築を進める必要がある」と語った。

■基調講演

人材紹介サービスを取り巻く外部環境の未来
人材ビジネスは今後どんな変化にさらされ、どう対応するべきか?
~求められる提供価値と生存戦略

ルーセントドアーズ株式会社
代表取締役
「採用100年史から読む 人材業界の未来シナリオ」共著者​
黒田 真行氏

1988年リクルート入社。「B‐ing」「とらばーゆ」「フロム・エー」関西版編集長を経て、2006年から2013年まで「リクナビNEXT」編集長、その後「リクルートエージェント」HRプラットフォーム事業部部長、「リクルートメディカルキャリア」取締役などを歴任。2014年、ルーセントドアーズ株式会社を設立し、35歳以上のミドル世代を対象とした支援サービス「CareerRelease40」を運営。2019年、転職を前提としない中高年のキャリア相談プラットフォーム「CanWill」開設。また、転職メディアや人材紹介事業などの人材ビジネス各社の経営課題解決を支援する事業強化コンサルティングも展開している。

人材紹介業は、1999年の職業安定法改正によって幅広い職種で解禁された。2000年代にはインターネットの普及に伴い、紙の求人情報誌がウェブサイトに移行。情報のデジタル化が進んだことで、企業の求人情報や求職者の情報を蓄積したデータベースが整備された。このデータを使うことで両者のマッチングが容易になると、人材紹介業界には多くの中小・専門エージェントが新規参入。この20年余で市場規模は約50倍の5000億円規模にまで膨張した。しかし、30年以上にわたり人材ビジネス業界に関わってきた黒田真行氏は「人材紹介サービスのバブルは終わろうとしている」と警鐘を鳴らす。
デジタル技術、AIの進化で、求職者と企業の間では釣り合いのとれたマッチングが高速・高精度にできるようになった。

その結果、より多くのデータを保有する大手エージェントが一段と優位になり、大手の手が届きにくいニッチな領域で活躍してきた中小・専門エージェントの市場は縮小している。また、これまで受け身の姿勢で応募を待っていた企業が、データベースに掲載された求職者に能動的にコンタクトするダイレクトリクルーティングに積極的に取り組むようになった。求職者データベースを検索するAIレコメンドも精度が向上し、人材紹介エージェントはAIといかに差別化するかという課題に直面している。
「苦境に立たされる中小エージェントは、従来の人材紹介事業にこだわらず、より広い人材サービスの視点で事業のあり方を考えるべき時が来ているのではないか」と黒田氏は提言する。たとえば、ダイレクトリクルーティングのスカウト代行や、採用活動をアウトソーシングする企業の採用代行業務といった領域に活路を見いだす戦略が考えられる。労働力人口の減少で「企業が人を選ぶ」時代が終わり、「人に選ばれる企業になれるか」が問われるようになることで、いかに人を自社に惹き付けるか、という視点で、企業の魅力づくりを支援することも、新たな切り口での労働力調達への貢献になる。
依然として就業人口と就業可能人口との間にはギャップがあり、人材サービスが活躍する余地はある。黒田氏は「これまで人材紹介業は、企業の需要を充足させるために活動してきたが、今後は、『良い人材がいれば』という企業にとって必要な人材のニーズを顕在化させるという観点での取り組みも必要ではないか」と語った。

■対談「エージェント・サバイバル」

人材エージェントへの期待と課題

株式会社オルツ
取締役CFO
日置 友輔氏

オルツ社員の採用経路は、リファラル採用数が人材紹介会社からの紹介を上回り、入社後の評価も、リファラル採用の方が高い。同社CFOの日置友輔氏は「経営方針や企業カルチャー、求められる人材強度などを十分に理解した社員が友人・知人をリクルートするリファラルが強力な採用手段なのは当然だが、我々は人材エージェントにも大きな期待をしている。人数をそろえる『量』の紹介はAIの方が効率的にできるはずなので、エージェントは紹介する人材の質を高めて欲しい」と訴えた。
質の高い人材紹介とは何か。一部のベンチャーキャピタルは、投資先のスタートアップ企業に対して、どのポジションにどんな人材が必要とされているかを把握して、最適な人材をアサインすることで、その成長を支援するケースがある。こうした「企業の成長に必要な人材を把握して、発掘・紹介する役割」(日置氏)を人材エージェントに期待する。
黒田氏は「オルツが望むような、人的リソースの面から、中長期視点での事業価値向上に貢献する『ベンチャーヒューマンキャピタル』とでも呼ぶべき役割を果たすことは、人材紹介会社の将来像の1つかもしれない」と語った。

■将来構想

「生成AIが変える、人材・人材エージェント」
~HRテックの最新動向とオルツの将来構想~

生成AIは、国内就業者約6700万人の4割の仕事に影響するとされ、デジタルを使うオフィスワークを中心に、人とAIの協働、または人がAIに代替される動きが進むと予想される。オルツの小村淳己氏は「人材エージェントや人事の業務も、大半の工程がAIで代替できる」と語る。
デジタルクローン(パーソナルAI)を使って労働力不足を解決することを目標に掲げるオルツは、関連する自然言語処理や音声認識、画像・映像合成などの領域に高い技術を持ち、独自の大規模言語モデル(LLM)を使ったAI議事録サービスの提供など、技術の一部をマネタイズしてきた。採用領域では、人材エージェント向けの「CloneHR」と、人事部門の採用業務向けの「AI HR」のサービスを提供している。

「CloneHR」は、AIマッチングをさらに進化させたサービスで、オルツが磨いてきた、少量のデータで個性化されたデジタルクローンを作成できる独自技術を活かし、職務経歴書等から求職者のクローンを、求人票から企業のクローンを生成。双方のクローンが仮想面談を繰り返し、細かなニーズも汲み取って精度の高いマッチングにつなげる。職務経歴書を深掘りするチャットでのヒアリングや、マッチング理由の説明もAIが行う。
「AI HR」は、オルツ人事部門の採用業務フローにも利用されている。ウェブ上で自社に適した人材を自動検索し、候補者を自社のタレントデータベースに登録。候補者の経歴等に合わせて応募を促す「口説き文句」も入ったスカウトメールを自動で生成・送信する。一次面接はデジタルクローンの面接官が対応し、AIが結果を報告してくれる。これにより採用担当が行う業務は、一次面接の結果確認、二次面接と最終判断に絞られ、業務量を70%以上削減できた。AIは英語でのアプローチも容易なので、海外エンジニアの採用も進み、採用数は2倍以上に伸びた。
小村淳己氏は「人材エージェントや人事部門の一般的な仕事はAIによって代替されていくだろう。その中で、人材エージェントが、AIを上回る価値を発揮するためには、質の高い人材紹介の実績を積み重ねて『あの人の紹介なら信頼できる』と、クライアント企業に思われるような『スター人材エージェント』になることが必要になる」と語った。

■ゲストスピーチ

「人を選ぶ技術」 ~期待以上の出会いを創り出す人材エージェントの存在価値~

グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー
「人を選ぶ技術」著者
小野 壮彦氏

アクセンチュア入社後、起業したITベンチャーを楽天へ売却。楽天社長室勤務、Jリーグ・ヴィッセル神戸取締役を経て、ベンチャー取締役を歴任して、2008年エグゼクティブサーチファーム、エゴンゼンダー社に入社。パートナー就任。2017年ZOZOに転じ、本部長としてゾゾスーツ事業を立ち上げ、海外展開。2019年より日本最大級のベンチャーキャピタル、グロービス・キャピタル・パートナーズにて投資先の成長支援に従事。早稲田大学商学部、SDAボッコーニ(MBA)卒業。著書に「人を選ぶ技術」。

ヘッドハンティング会社や、事業会社での採用経験で培った“人を見る”メソッドをまとめた「人を選ぶ技術」の著者で、現在はベンチャーキャピタルで、組織・人材面を含めて投資先の成長を支援している小野壮彦氏は、生成AI活用時代の企業の採用業務は「間違いなく大きく変化する」と語る。日本でも、生成AIにリクルーターの仕事を代替させることで、米系企業流の人材獲得戦略「タレント・アクイジション」を取り入れることが可能になってきた。それに加えて、生成AIが採用業務の一部を代替することで業務負担が軽減されこともあり「採用活動を内製化する流れが加速され、人材エージェントの役割は補完的なものになっていく」(小野氏)。
採用内製化の拡大は、内製化コストをギリギリ下回る水準になるように決められていた紹介手数料を低減させる圧力になる。「エンジニアの紹介手数料に年収の40~50%を支払っていたITスタートアップもあったが、そうしたうまみのある仕事はなくなる」(小野氏)。AIと比較される人材エージェントは、人が紹介することの付加価値を求められる。その結果、業界は、料金を低めに設定して紹介数を増やそうとする“量”志向の会社と、料金は高めにする代わりに、クライアント企業や候補者への深い洞察を武器にして紹介の質を高めようとする会社との二極化が進むと予想される。

「ただし、AIによる面接が主流になって、人材エージェントの価値がなくなるとことはないと思う」と小野氏は主張する。
採用者を選べる企業優位の状況であれば、候補者はAI面接を受け入れる以外に選択肢はない。しかし、候補がマネージャーや経営トップクラスの場合は、候補者が企業を選ぶ立場にある。彼らに応募してもらうには、トップクラスのエージェントが関係を構築して深い対話をする中で納得してもらう必要がある。その彼らが「AIによる面接を受け入れたり、AI面接官を信頼して深い話をしたりするとは思えない」からだ。
AIマッチングの精度は向上しているが、企業の非公開情報など、AI学習に使えないデータがマッチング結果を左右する可能性もある。小野氏は「非公開情報を持つトップクラスのエージェントのマッチング力を、AIが完全に代替することは難しいだろう」と語った。

※タレント・アクイジション
企業の発展に必要な人員を中長期視点で確保するため、有能な採用候補者を発掘し、囲い込み、獲得する戦略的な採用手法。人員補充などを目的に求職者を採用するリクルーティングと異なり、自社で活躍する見込みがある人は、転職活動をしていなくても潜在的候補者として扱い、時間をかけた継続的アプローチで関係を構築していく。

■対談

オルツ
Head of Talent Acquisition
福本 英氏

人材エージェントの機能にはAIで代替できないものがある、と小野氏は指摘した。だが、上層部を担える人材を求めるオルツは、人材エージェントに対して「深く関わって経営・組織戦略を理解し、キーパーソンを紹介できる高い能力を持つところが少ない」(福本英氏)という課題を感じている。
この課題に事業会社側として、何ができるのか問われた小野氏は、新規事業のチームメンバーを大量採用した時、ある若手エージェントを面接に同席させたり、会食に連れて行って話をしたり、と「中途入社してきた社員に接するような感覚で“育成”すると、半年ほどで成果が出るようになった」という経験を例に挙げて「初見のエージェントに、いきなり深いインサイトを期待するのは無理がある。最初のうちは、たくさんの情報を与え、長期的なアプローチを考えるべき」と指摘した。
福本氏は「我々も、時間や情報を与えることでエージェントにコミットしてもらうための仕組みを考えている」と、この後に発表するAXエージェントチームの立ち上げについて言及した。

■クロージングセッション

新企画 オルツAXエージェントチームの発表

今後、人材エージェントがAIにない価値を持って生き残るには、企業が必要とする人材を理解し、紹介する「質の高い仕事」が求められる。クライアント企業を深く知るには、インハウスエージェントの立場になることが近道かもしれないが、独立性を失えば、利益相反やネットワークの制約などにより業務に支障をきたすリスクもある。そこでオルツは、エージェントが個人の立場で独立性を保ったまま参画できる「AXエージェントチーム」の立ち上げを決めた。
第1期の構成メンバーは20人程度。オルツが求める人材は、マネージャーや経営マネジメントクラスが対象で「参画するエージェントには高い質と強度の仕事を求めるが、それに見合ったリターンも用意する」(日置氏)。報酬は、固定報酬のほかに、最高で(紹介人材の年収の)150%のインセンティブを供与。さらに、オルツの成長によって大きな利益を得られる可能性があるストックオプションを付与する。「我々と利害が一致する『セイムボート』(同じ船)に乗ってもらうことを期待」(日置氏)して、同社の成長に人材面からの貢献を促す。
また、キャリア形成面でもメリットがあると強調。スタートアップの経営経験が豊富なオルツ経営陣との密なコミュニケーションを通じて、経営者の視座や能力を学べるほか、AX(AIトランスフォーメーション)時代を生き残るためのリテラシーを習得できる環境も用意する。

日置氏は「オルツの技術はテック業界の中でも高く評価されていて、グローバルトップクラスのベンチャーキャピタルから資金調達してきた。日本発のネクストGAFAMを目指しており、そこに至る人流を起こすためのチャレンジに参画していただきたい」と訴えた。

(第1期のエージェントチーム募集は既に締め切られています)

※ストックオプション
事前に定めた価格で自社株の購入・売却ができる権利を与える報酬制度

source : 文藝春秋 メディア事業局